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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第32章 夜もすがら 契りしことを 忘れずは



「でもあんまり暗くすると折角の衣装が…っ?」


 ぽそぽそと続く蛍の声が、不自然に止まる。
 背中から倒れそうな斜め姿勢の蛍を、徐に抱きしめているのは杏寿郎だ。
 そのまま前のめりに倒れてしまいそうな姿勢で、覆うように蛍を抱きしめる。


「き、杏寿郎?」

「そういうところだ」

「え?」

「君がそうしてあんまり愛らしいことをするから、俺も歯止めが利かなくなるんだ」

「ぁ…愛らしいって何。部屋の灯りの話しかしてないけど…」

「本当に灯りの話だと思ったのか?」


 しどろもどろに返す蛍の力無き返答さえも、愛おしくて仕方ない。
 告げた言葉の真意はわかっているだろうに。
 そう顔だけ離して至近距離に目で問えば、きゅっと唇を結んだ蛍の瞳が泳ぐ。
 鮮やかな緋色の宝石が、転がるように。


「ほら、言った通りだろう」

「? なに、が」


 転がり合っては、煌めき瞬く。
 気恥ずかしく揺らめく中できらきらと光る粒は、蛍の心を掬い取って形にしたかのようだ。

 嗚呼、本当に。


「綺麗だなぁ」


 甘い溜息をつきたくなる程に。

 子供の頃にも同じ世界を見たことがある。
 義理堅く熱い心を持った父と、芯の通る凛と花咲くような母と、青空のように澄み切った無垢な瞳を持った弟。
 あの頃はただただ感情に任せた幼心で笑っていた。
 家族四人で過ごした日々がどれだけ輝いていたのか、気付いたのは四人でいられなくなった後だ。

 何も自覚のない幼心だったからこそ宝物のような日々だったとも言える。
 しかしただ夢だけを、前だけを見ていた幼い自分ではなくなったからこそ、見える景色がある。

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