第8章 むすんで ひらいて✔
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忌々しい。
吐き気がする。
苛立ちが治まらない。
姉の仮面より私自身の顔がいい?
何よそれ。知ったような口を利いて。
本当に忌々しい。
「…っ」
だけどその忌々しさは、あの鬼に対してだけじゃない。
不覚にもその言葉を呑み込んでしまった自分がいたからだ。
鬼に惨殺された姉の死を目の前にしてからというものの、その姉の想いを叶えることだけ望んで生きてきた。
その願いを、心を、具現化する為に。
姉さんの生き様を世に残す為に。
その為に置き去りにしてきた"自分"のことを、私自身気に掛けもしていなかったのに。
なのにあの鬼には見つけられてしまった。
姉さんへの心で潰した、私の残骸を。
今までそんなことを言う人はいなかった。
今までそんなことを言ってくれる人はいなかった。
だから揺らいでしまったのだろうか。
鬼の言葉なのに。
あれは自分の肉親をも殺した化け物なのに。
その思いが私の狭い心を巡り巡って、行き場のない苛立ちを増幅させた。
いつもなら姉さんの笑顔を思い出して呼吸を整えれば、馴染んだ笑顔を貼り付けられるのに。
それがあの鬼の前ではできなかった。
…否定をされなかったから。
剥がれた仮面の下の自分がいいと、肯定されてしまったから。
だから止める術が見つけられず、苛立ちのままにぶつけてしまった。
幼稚で短気な昔の私。
姉さんにしか見せていなかった、あの頃の私を。
「──おかえりなさい」
「…まだ起きていたの?」
足早に蝶屋敷へと戻れば、暗い屋敷の玄関口でカナヲが出迎えてくれた。
私の継子に当たる彼女の名は栗花落(つゆり)カナヲ。
というよりも今は剣士として継子になっているのはカナヲ一人しかいない。
今まで私の継子となってくれた子達は皆、鬼に殺されてしまったから。