第8章 むすんで ひらいて✔
「ふぅー…」
あ。また深呼吸してる。
もしやあれ呼吸法?
精神統一でもしてるのかな。
「…やめました」
「え?」
恐る恐る様子を伺っていたら、やがて深呼吸の後にきっぱりとそんなことを宣言された。
やめる?って何を。
「今日はもう帰ります。これ以上話していても、苛立つだけなので」
「そっ……か、」
それは嬉しいような…嬉しくないような。
拷問されないのは正直嬉しいけど、胡蝶しのぶの地雷を踏みまくってしまった感じもして素直に喜べない。
これは…良かった、のかな…?
後で物凄い拷問が用意されそうで怖いんだけど…。
「ああ。それと」
「?」
「胡蝶しのぶ胡蝶しのぶと、人の姓名を連呼するのは止めて頂けますか。馬鹿にされてる感じがするので」
えー…それを胡蝶しのぶが言う?
私のこと、いつも同じように呼んでるのに。
「じゃあ…しの」
「はい?」
「胡蝶」
思い切って名前呼びでもしてみようかと思ったけど許可されなかった。手厳しい。
「じゃあ、私も名称みたいに呼ぶのはやめてくれると、嬉しいんだけど…」
「……」
「そんなあからさまに嫌そうな顔しなくても」
私変なこと言ったかな?
理不尽極まりないな!
「善処してみます」
あ、今日は結論出さないんだ…。
深い溜息をつくと、眉間の皺はそのままに胡蝶しの…胡蝶は、机の荷物を手早く片付けた。
「今日は帰りますが、これで終わった訳ではないので。また次の朔月に来ます」
「ぁ…うん。わかった」
来るんだ。
どんな拷問用意してくるんだろ…とんでもない地雷踏んでしまったかな…。
結局、最後まで胡蝶の顔はきついままだった。
でも不思議とそんな胡蝶との方が、薄ら寒い笑顔を向けられるより自然と向き合えている自分がいることに気付いた。
得体の知れない怖さよりも、はっきりとわかる怒りだったからかな。
言ったらまた沸点を爆発させてしまうかもしれないけれど…やっぱり私は姉の仮面を被った胡蝶より、今の胡蝶しのぶの方がいい。
「…拷問は嫌だけど」
ただ、それだけは一寸足りとも恐怖が退いた訳じゃない。
…道のりは果てしなく長いな…。