第8章 むすんで ひらいて✔
「どうであっても姉を蔑ろにされた気にしか思えません」
「そ…っ」
そんなつもりはない、と言いたかったけれど。
きつい胡蝶しのぶの目に言葉を止められた。
そっか…そう、だよね。
ごめん、と出そうになった謝罪を寸でのところで呑み込む。
私にも唯一無二の姉がいたから…その姉を蔑ろにされたと思えば、胡蝶しのぶの気持ちもわかる。
視線が下がる。
どうしようもない思いを抱えて、手持ち無沙汰に両手の指先を握り締めた。
「……」
「その顔も止めて頂けませんか」
「え」
「ありありと表情に謝罪の言葉が乗っていますよ。忌々しい」
えええええ。
じゃあどうしろと。
何を言っても怒られる。
黙っていても怒られる。
今の胡蝶しのぶは何をどうしても怒りの沸点が低いらしい。
「じ…じゃあ…胡蝶しのぶも、蔑ろにしないで欲しい」
「何をですか? 貴女のことですか? それとも貴女の姉のことですか? 私がいつ蔑ろにしたと言うんですか」
「そうじゃなくて…自分の、こと」
「?」
「胡蝶しのぶ、自身のこと。お姉さんが大切なのはわかる。私もそうだから。でも…だからって自分を切り捨てていいことにはならない」
姉を思うが余り、自分の意志を押し曲げている。
そんな胡蝶しのぶの姿は今までとはまるで違って見えた。
得体の知れない怖さしかなかったはずなのに。
その背丈に見合った、小さな姿を改めて知った気がする。
「私は、そのお姉さんの同情を欲してる訳じゃないから…胡蝶しのぶのままでいいよ。仮面は、必要ない」
「……」
「…?」
…あれ。
さっきまで間髪入れず反論していた声が止んだ。
指先を握り締めたまま顔を上げる。
見えたのは、じっとこちらを見てくる二つの大きな瞳。
底が見える暗いはずの瞳は、まぁるく見開いていた。
…なんだろう?
ガンッ!
「!?」
かと思えば握った拳で机を叩くものだから、すんごく驚いた。
体がビクついて硬直する。
え何。そんなに今の駄目だった?
そんなに勘に触った?
というか素の胡蝶しのぶって怖いな!
ここまでありありと怒りを一直線にぶつけてくるなんて。
余程姉さんの仮面は分厚かったと見える。