第8章 むすんで ひらいて✔
「鬼が与えた憎悪を、私が取り除けるとは思っていない。それが胡蝶しのぶという人間だって、もうわかってる」
「そんな私を、貴女は受け入れると?」
沈黙した後、ゆっくりと頸を横に振った。
「私も、同じだから」
話している最中に気付いてしまった。
とても哀しいこと。
「私も…胡蝶しのぶに与えられた行為を、簡単には消せない」
この人の目の前に立つだけで、足が竦むんだ。
手足を斬り捨てられ、両目を潰され、臓物を垂れ流され、血反吐を吐き続けた。
拷問の跡は体から綺麗に消えたけど、心に刻まれたものは易々とは消えない。
「その張り付くような優しい声が、怖い。その奥底が見える瞳が、怖い。貴女が、柱だからじゃない。胡蝶しのぶだから」
伺うようにして見えた表情。
そこに初めて喫驚(きっきょう)の色が見えた。
「意思では理解しても、心が拒絶する。だから簡単に、受け入れるなんて、言えない」
私も、貴女も。
言葉を交わしただけで片付けられるような、容易な出会い方はしなかった。
意志を繋げただけでわかり合えるような、簡素な関わり方はしなかった。
複雑で歪な、雁字搦めの鎖がお互いの体を繋ぎ止めていて。それを断ち切ることは自分の足場を崩すことと等しい。
きっと私達は、貴女の姉さんが望んだような人と鬼の仲にはなれないだろう。
でもそれは貴女がその優しさの象徴とも思っている姉さんではなかったからだよ。
どんなに仮面を被っても、貴女は貴女のままだった。
「でも、認めることはできる。お姉さんの仮面より、今の胡蝶しのぶと、話したいと、思えるから」
それは嘘じゃない。
「……」
重い沈黙ができる。
伺った顔色からは、さっきの喫驚は消えていたけど…笑ってもいない。
義勇さんの無表情とも違う。
さっきから伝わる赤銅色が濃くなった気がした。
「…それで私を絆したつもりですか?」
ようやく投げ掛けられたのは、素っ気無い声。