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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第8章 むすんで ひらいて✔



 沈黙ができる。
 笑顔を消した胡蝶しのぶからは色は見えても感情が見えない。

 …いや多分、わかってる。
 "姉"という仮面を取り外した彼女の底に在るものは、きっと絶え間ない…憎悪だ。


「…本気で言ってます? それ」


 しんとした檻の中に響く、静かな声。


「わざわざ歩み寄ろうとしているものを断ち切るんですか?」

「…そんな歩み寄りなら…要らない」


 笑顔で刺され続けるなら、憎しみで突き放してくれた方が余程いい。


「貴女、人生で損する類の人ですね。ああ、ここは鬼と言った方がいいですか」

「……」

「損な役回り、多いでしょう? 冨岡さんとは別の意味で、生き辛そうです」


 …いいよ、それでも。

 自分の道は自分で決める。
 周りにどんなに酷評されたって、迷い無く抱えられるものがあれば進められることを知っているから。


「損でもいい。ひと握りでも私のことを理解してくれる人が、いるなら」


 姉さんがいればそれだけで私は幸せだった。
 姉さんが笑っていれば、それだけで私も頑張れた。


「偽の笑顔に囲まれるよりは、ずっといい」


 …その姉さんも…もう、いないけれど。


「じゃあ私が貴女を憎むことしかできなくても?」

「……」

「体の一番深いところに、どうしようもない嫌悪感があると言っても?」

「……」

「自分の保身の為に嘘ばかり言う。理性も無くし、剥き出しの本能のままに人を殺す。そんな鬼は、どうしようもなく救われないと言っても?」


 今まで小出しにしかしてこなかった胡蝶しのぶの口から、容赦ない言葉の刃が降り掛かる。
 きっとそれが彼女の本音なんだろう。


「それでも貴女は、私と話したいですか?」


 …正直、そんな相手と向き合いたいなんて思わない。
 面倒事はできるだけ避けたいし、なるべくなら幸せな空気を吸っていたい。

 でも、この浮世では辛いことも哀しいことも多い。
 幸せな時はあっという間で、苦しい時の方が記憶に鮮明に残る。


 私だって、大切な人を失ったんだよ
 守りたいものを守りきれなかったんだ
 世界を恨みたい程の気持ちも、わかる


 でもきっと貴女はそんな同意なんて求めていないだろうから。

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