第32章 夜もすがら 契りしことを 忘れずは
「──ふぅっ綺麗になったね杏寿郎!」
「ここまで躍動感のある体洗いは初めてだったやもしれんな…」
「面白かった!」
きらきらと達成感を残した目で、額の汗とも湯ともわからぬ雫を拭う。
眩い程の蛍の屈託ない笑顔を前に、杏寿郎はいつも見開くように限界まで開けている目を細めた。
体洗いという名のじゃれ合いは健全なまでの遊びだった。
最初から最後まではしゃぐ蛍が少年のように愛らしかった為に良しとしよう。
(待て俺。少年とは)
すっかり男の蛍の姿に見慣れてしまったことに、思わず内心で己に突っ込む。
目の前にいるのは成人男性。否、その前に本来は女性だ。
それ程までに蛍の言動が潔いことも原因だった。
「次は頭もする?」
「いや、俺はいい。蛍に任せたら大層遊ばれそうだ…」
「え…」
「その顔だ、見ればわかるぞ」
何故わかったと言いたげな目で見てくるものだから思わず真顔で突っ込んでしまう。
戯れにより濡れてしまった髪を無造作に掻き上げ背中に流すと、杏寿郎は仕切り直すようにぱんと己の膝を叩いた。
「さあ、今度は俺の番だな! 蛍の頭も綺麗にしよう!」
「えっ私のはするの?」
「言っただろう、俺は蛍専属の三助だ。隅々まで綺麗にしてやろう!」
勿論そこに卑しい意味はない。
なんだかんだ風呂場でしか味わえない健全な肌の触れ合いも楽しいのだ。
どうせならとことん尽くそうと己に気合いを入れる。
家事において、いつも尽くしてくれるのは蛍の方だった。
料理の腕はからっきしでも、風呂場での奉仕ならまだ力を発揮できる。
偶には任務以外のことでも、蛍に全面的に甘えて欲しい。
「じゃあ折角だから、遠慮なく」
「うむ! 思う存分甘えてくれ!」
再び風呂の台椅子に腰かける蛍の後ろに立つ。
ちらりと振り返った蛍もまた杏寿郎同様、しとりと濡れた髪を揺らして。
「うん」
嬉しそうに、はにかんだ。