第32章 夜もすがら 契りしことを 忘れずは
その名の通りに、杏寿郎の三助は甲斐甲斐しい世話焼きっぷりだった。
石鹸の泡をタオルでこれでもかという程もこもこに作り上げると、蛍の体がすっかり白く覆われるまで丹念に包んでいく。
「鬼殺隊に来た時から思ってたけど、石鹸もそもそも貴重だから…こんな使い方したら罰が当たりそう」
「なんの! 石鹸は体を洗う為にあるものだ! 然るべき役目として使って罰が当たることなどあるものか! 蛍、万歳!」
「あハイ」
両手を上げれば、脇の下もごっしごっしと洗われる。
役目を果たさんと言わんばかりの手つきは、先程触れてきた色気を伴う手つきとは天と地程の差だ。
本物の三助のようだと蛍はくすぐったそうに身を捩り笑った。
「ふっくく…杏寿郎、くすぐったい…っ」
「むっならばこうかっ」
「んふふっ」
「こうか!」
「あははっ」
「むぅっ蛍の体はどこも過敏なのだな…!」
「待って、そこは弱いでしょっ」
もっこもっこと夏の雲のように膨らむ泡に体が飲み込まれていく。
けらけらとくすぐったさに笑っていれば、手探りで進む杏寿郎の手が凹凸のない胸に触れた。
「あ。」
「む。すまん」
「ううん、いいよ。今は男だし」
離れる手を然程気にすることなく、蛍もまた引き締まった己の胸板をぺたぺたと触った。
「同じ男でも、私の胸は杏寿郎とは違うなぁ…天元とか不死川とか、皆体付きが立派だったからそれが普通のように見えてたけど。杏寿郎もしっかり鍛えてるんだよね」
胸筋も盛り上がる程にしっかり造り上げられている杏寿郎を振り返り、改めてまじまじと見る。
泡の付いた手を伸ばし、今度は興味深く杏寿郎の胸板をぺたぺたと触った。
「ふふ。今は私より胸があるね、杏寿郎」
「…何故だか俺の方が、辱めを受けている気になるな…」
「えっごめん。そんな気はなかったんだけど」
「いや、大したことはない。が、楽しそうだな」
「うん。いつもの立場が逆転してる感じがして」
「俺は女になっていないぞ?」
「あははっ私が男になっただけだね」