第32章 夜もすがら 契りしことを 忘れずは
「そうだ、折角風呂に入っているんだから任務で汚れた体も綺麗にしていこう」
「そういえばそのまま湯船に浸かっちゃったな…」
「俺達しか使わないんだ、そこはあまり気にしなくていいだろう。それより蛍、あそこが日陰となっているから上がっても平気か」
「うん。じゃあお背中流しましょうか。師範」
「いつも流して貰っているからな。折角の蛍の初体験だ、今回は俺に流させて欲しい」
「えっ」
「蛍はいつも恥ずかしがるだろう? その体ならそこまで恥ずかしがる必要もないと思うのだが」
葛藤はあったが、露天風呂好きなのは杏寿郎も同じところ。
羞恥を感じながら身を委ねてくれる蛍もこの上なく愛らしいが、折角なら男同士の裸のつき合いも楽しもうといつもより引き締まった腕を取り外へと誘った。
「う…うん。じゃあ…」
じんわりと頬を赤らめながらも頷く蛍は、羞恥も残しているがそれ以上の期待があるようだ。
ただ風呂場が外部になっただけでここまで楽しんでくれるとは。
そんな蛍にとって貴重な体験だったものを色事で潰そうとしてしまったと思えば、反省もする。
優しく蛍の手を引いて湯船から上がれば、一瞬躊躇したものの蛍も浴槽の縁に置いていたタオルを手に上がった。
「さ、ここにかけてくれ!」
「じゃあ、お邪魔します」
「うむ!」
促された檜の風呂椅子に腰かける。
互いに巻いているのは腰のタオルのみで、蛍は惜しみなく杏寿郎に背中を向けた。
「髪と体のどちらが先がいい?」
「そこまでしてくれるの?」
「今日は蛍専属の三助(さんすけ)だ。めいいっぱい堪能してくれ!」
「うわあ、贅沢だなぁ」
満面のハツラツとした笑顔を見せる杏寿郎に、蛍も楽しげに笑う。
三助とは銭湯で番頭の仕事の他にも、客の体を洗ったりマッサージをしたりする男性従業員のことである。
蛍からすれば十分贅沢なもてなしだ。
「じゃあ先に体をお願いしようかな。髪を濡らしたら寒くなりそうだし」
「承知した!」