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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第32章 夜もすがら 契りしことを 忘れずは



「…でも体はこのままでいるから」

「うん。わかった。それでいい。だから蛍と呼ばせてくれないか」

「…わかった」


 どうにか頼み込めば、渋々と蛍も離れようとしていた足を止めた。


「それに隣にはいて欲しい。俺も蛍と一緒に露天風呂を楽しみたいんだ。離れていたら寂しいだろう」

「…ん」


 ゆるりと腕を引けば、素直に隣に座る。
 浴槽の中に落ちていた簪を拾い上げて、蛍は短い髪の毛をくしゃりと掻き上げた。


「……」

「…何?」

「いや。何も」


 思わず凝視してしまったのは、そんな蛍の姿に魅入ってしまったからだ。
 顔の骨格も頸の太さも見間違いようのない男のものだ。
 成人男性へと擬態化した蛍は伊之助や無一郎のような、女性に見間違う顔立ちをしてはいない。

 どこからどう見ても男そのもの。
 なのに目が逸らせなくなる。


「よもや…(参ったな…)」

「何よもや? それ」

「っいや。なんでもない」

「杏寿郎、そればっかり」

「ははははは」

「?」


 蛍は初の露天風呂で淫らな行為に陥らない為にと、同性の姿を取った。
 それは果たして効果があるのかと思ってしまったが故に、乾いた笑いも上がる。

 腕組みをして風呂場に笑い声を響かせれば、蛍は不思議そうに頸を傾げていた。


「変な杏寿郎」

「む。ん。…し、かし男と成ると骨格だけでなく、身長も変わるものなのだな」

「ん? うん、そうだね」

「目線がいつもより高い」

「私も。いつもより杏寿郎の顔が近いから、不思議な感じ」

「…うむ」

「ん?」

「いや」


 笑う蛍の顔がいつもより傍にある。
 それも無防備な上半身を晒して。
 拳を口元に当ててゴホンと咳払いを一つして、杏寿郎は邪念を追い払った。

 蛍は露天風呂を楽しみたいのだ、邪な思いなど浮かべるな。

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