第32章 夜もすがら 契りしことを 忘れずは
そんな自分の体を知って、尚も顔が熱くなる。
至近距離で絡む双眸は、ゆらゆらと揺れるような強い灯火を纏っている。
欲を見せる雄の眼だ。
「蛍…」
甘く呼ばれ、高鳴る鼓動が早鐘へと変わる。
このまま責められれば簡単に落ちてしまうこともわかっていた。
「わ…わた…おれ、はっ」
「む?(おれ?)」
胸板を押し返す掌が、ぐぐぐ、と更に広がる。
意を決して告げるような声が、低みを増す。
髪をまとめていた簪がするりと抜け落ち、短い髪はぺたりと水気を含んで頬に張り付いた。
「初めての露天風呂だからッ杏寿郎とゆっくり入りたいんだ!」
声を上げて荒々しく告げる蛍の顔は真っ赤だ。
しかしそれよりも杏寿郎の声を失わせたのは、目の前にある蛍の姿だった。
柔らかい谷間を弄っていたはずの手は、いつの間にか絶壁を触っている。
甘く呼応していた愛らしい声は、低くはきはきと告げるもの。
どこもかしこも柔らかく愛でていた体は、どこもかしこも引き締まり鍛錬により筋肉を付けた程好い男性のものと成り代わっていた。
そう、男なのだ。
「ほ、ほたる…?」
「杏寿郎が女の蛍に我慢が利かないなら、この姿でいる。それなら大丈夫だろ」
「ほ、蛍」
「その名前は今の姿には合わないから彩千代でいい。男同士でくっ付いていても気持ち悪いだろうから、俺はあっちに行くよ」
「蛍」
「彩千代でいいって」
「わかったから待ってくれっ」
「何」
「せめてその口調はやめて欲しい」
口調だけでなく動作もそうだ。
男らしくざぱりと腰を上げてずんずんと離れた場所に進もうとするものだから、咄嗟に腕を掴んで引き止めた。
「今の体で女の口調だと気持ち悪いだろ」
「悪くない。いつもの蛍がいい」
「…男だと気持ち悪い?」
「違う。なんだかこう、距離を取られている気がしてだな」
(…取ってるんだけど)
「ぅ…その顔もやめてくれ。俺が悪かったから」
羞恥により嫌がっていたものだとばかり思っていたが、蛍は本気で露天風呂も楽しみたがっていたようだ。
流石にそこを無理強いする気はない。