第32章 夜もすがら 契りしことを 忘れずは
「目が離せなくなるくらいに、蛍の体は綺麗だ。余すことなく全て」
その言葉に反応するように、音もなく更に赤らむ体も愛らしくて堪らない。
何度称賛しようとも蛍が初々しい反応を見せるのは、今までの美は厚い化粧や着物で塗り固めてきたからか。
造り上げた美の世界でしか値踏みしない男達に抱かれてきたからか。
理由はわからなかったが、杏寿郎は問う気もなかった。
今目の前で晒してくれている恥じらう蛍の姿は、自分しか見れないものなのだと。
そうわかっていれば、それだけで十分だ。
「それを言うなら…杏寿郎の方こそ」
そ、と濡れた手が厚い胸板に触れる。
「私ばかり褒めるけど、杏寿郎の方がもっとずっといいものを持ってるんだって。自覚して欲しい」
筋肉の筋を、古傷の跡を、一つひとつ丁寧に指先で触れるか触れないかの距離で辿っていく。
熱っぽく蛍が囁くだけで、じわりと杏寿郎の奥底にある欲が頭を擡げる。
「ならばお互い様ということだな。互いに相手のことを思い合っているなら塩梅がいいのかもしれないぞ」
「ふ、何それ…んっ」
ふはりと、蛍の口から砕けた笑みが漏れる。
その吐息ごと包むように杏寿郎の唇が互いの距離を埋めた。
一度擡げた欲は簡単には静まらない。
「ん、ふ…ぅっ」
口付けが深くなるのにそう時間はかからなかった。
さわさわと紅葉の葉が揺れる音が、都合よく唇の逢瀬も湯船が跳ねる音も消してくれる。
腰を抱くように添えていた手が自然と伸びたのは、柔らかな二つの胸の膨らみ。
杏寿郎の手がそっと下から包むように膨らみに触れれば、びくりと蛍から強めの反応が返ってきた。
「んッ…れは、だめ」
逃げるように身を退き唇を離す。
「ここ、外だから…」
「俺達しかいない」
「でも、外だから」
離れにある露天風呂だ。
おまけに周りは自然に囲まれている屋敷。
覗こうとしても安易には覗けないだろう。
しかし露天風呂が初体験の蛍は違ったようだ。