第32章 夜もすがら 契りしことを 忘れずは
「う…ん」
「触れていると熱いか?」
「ううん。そこは、大丈夫」
じんわりと肌を赤らめたまま、杏寿郎の胸に身を預けるように体の力を抜く。
傍にいることを選んだ蛍の姿に頬が緩むのを止められないままに、杏寿郎は肩に顔を預けた。
「ならば遠慮なく蛍を堪能させてもらおう。…俺も露天風呂は久しぶりだからな」
外気に触れる肌は互いの体温でほんのりとあたたかい。
人肌で温もりを分かち合う心地良さは知っている。
自然と微睡む瞼を開いて、蛍は視界にちらつく赤を見上げた。
「…ここはまだ紅葉が残っているんだね…綺麗だなぁ」
露天風呂の空を半分だけ覆うように植えられた紅葉は、まだ赤々とその鮮やかさを残している。
時は十一月。
枯れ木も多く目立ってきた中で、ここまで鮮やかな紅葉を残しているのも珍しい。
「蛍の初の露天風呂だ。紅葉も張り切って色付いてくれたのだろう」
「ふふ。そうかなぁ」
「そうだとも」
「私は、杏寿郎だからじゃないかなぁ。炎柱様がいるから、あんなに赤々と色付いてくれているのかも」
「む。それは光栄の至りだな」
他人が聞けば拍子抜けるような間抜けな話題に声を弾ませ笑い合う。
人目を気にせず伸び伸びと手足を伸ばしてあたたかい波の中で寛ぐのは、布団の中の微睡みのように心地良かった。
「お外のお風呂ってこんなに視界が開けて開放的なんだね。なんだか胸がすくような感じ。体だけじゃなくて、心までぽかぽかしてくる」
「気に入ってくれたか?」
「うん。とっても」
ぱちゃりと軽く湯を揺らして振り返る。
蛍のその笑顔を視界いっぱいに捉えて、杏寿郎は目尻を緩ませた。
「蛍」
「ん?」
「…やはり君の姿も見ていたい。こちらを向いてくれないだろうか」
「えっ」
しとりと濡れた頬に掌を寄せて、顎を包むように柔く包む。
逃がさないようにと細い体を優しく甘く包んでいたが、その体を捕らえてしまえば次の欲が出てくる。
そもそもが蛍相手に欲が尽きることは早々ないのだ。
抗えない己の貪欲さに呆れながらも、杏寿郎は顔に添えた手を離さなかった。