第32章 夜もすがら 契りしことを 忘れずは
やはり肌を色付かせる火照りは、湯の熱さではないのだろうか。
「そのおいでは弱いからやめて…」
「何故?」
「…だって…」
弱いのなら素直に聞いてくれればいい。
優しく問いかければ、湿気を帯びたまとめ髪の隙間から覗く小さな耳もほんのり色付いていた。
「外…思った以上にはっきり見えるなって」
何が。という問いは出てこなかった。
己の体を抱きしめるようにして湯船に浸かる蛍を見ていれば自然とわかる。
湯に入るまではタオルで体を隠していたが、湯船の中までは持ち込めない。
ゆらゆらと波紋を描く水面は体の詳細までは映し出さずとも、昼間の太陽は日陰でも十分に目視できる明るさを届けてくる。
細く白い脚。
ゆるやかな曲線を描く尻から腰へ。
胸元は両腕を交差させていなければ無防備に杏寿郎の目へと晒されてしまうだろう。
何を今更。とも思ったが、その言葉は寸でで飲み込んだ。
恥じらう蛍の姿がもっと見たいと思えたことと、そんな蛍に触れたいと思えたからだ。
下手なことを言って、この愛らしいひとを逃がしたくない。
「蛍が見えるなら、俺だって見えるぞ。蛍になら見せても構わないがな」
「杏寿郎は、ほら。立派な体つきをしてるから」
「蛍」
もごもごと言い訳を見つけようとする蛍を、再度優しい声で導く。
「おいで」
彼女が弱いと告げた言葉を復唱して。
それで捕らえられるのならば、惜しみなく使えるものは使う所存だ。
「……」
緩やかに両手を広げて待機する。
おずおずと上がる視線と重なって、にこりと笑い返せば。見えない糸に手繰り寄せられるように、白い体がゆっくりと寄り添ってきた。
へなりと僅かに下がる眉尻は、抗えない引力に屈したかのようだ。
そんな機微が逐一目については、嗚呼と熱い息が零れ落ちそうになる。
「いい子だ」
愛い。と告げる代わりに頬に唇を寄せて。
開いた股の間に蛍を座らせ、背後からゆるく腕を絡ませた。
「これなら恥ずかしさも半減するだろう?」