第8章 むすんで ひらいて✔
「話ですか? いいですよ。鬼のことでしたら、なんでも」
「違う。鬼のことは…義勇さんに教えて貰っているから」
私が話したいのは、そのことじゃない。
「私は、貴女と"話"がしたいの」
世間話なんかじゃないことは彼女も気付いているはず。
もう一度告げれば、ようやく胡蝶しのぶの口が止まった。
「…いいですよ。どんな話ですか?」
カチャリと微かな金属音を立てて、注射器が机に置かれる。
話を聞いてくれるらしい彼女の姿勢に、だけど安堵なんてしなかった。
聞いてくれても呑み込んでくれるとは限らない。
それだけ胡蝶しのぶから伝わってくる色は、いつも──
「…んで…」
「はい?」
「なんで…いつも、怒ってるの」
綺麗な微笑みとは程遠い、暗い赤銅色。
「鬼にだけ…私にだけ、怒っているならわかる。…でも貴女から伝わってくるのは、世界を恨むような色だ」
「……」
「私は貴女のことを何も知らないから…色だけじゃ何もわからない」
ずっと絶やされることのなかった綺麗な微笑み。
初めてそれが彼女の顔から消えた。
「いつも貴女の顔には薄い仮面が乗っている。誰と何を話す時でも。それは…世界を、恨んでいるから…?」
じっと暗い底の見える大きな瞳が私を捉えている。
底冷えするような。そんな瞳だ。
「恨んでなどいませんよ」
ぽつりと、やがて返されたのは変わらぬ胡蝶しのぶの声だった。
「と、言いたいところですが…鬼殺隊になるべくしてなった。誰にもそれ相応の理由があります。私にも」
じゃあ、やっぱり。
「貴女が予想している通りですよ。両親を、姉を、継子を殺された。大切な人達は全て鬼に喰われ散ってしまった。その世界をどうしたら恨まずにいられるのでしょう」
…ああ、やっぱり。
この絶え間ない怒りは、絶え間ない哀しみから生まれたんだ。
「それでも世界で最愛の姉は、鬼にも同情を向ける優しい人だった。自分が死ぬ間際ですら鬼を哀れんでいた。…私はそうは思えなかった。人を殺しておいて可哀想? そんな馬鹿な話はないです」
そして絶え間ない絶望から。