第31章 煉獄とゐふ者
「……」
つい昨日今日出会ったような相手だ。
趣味嗜好だって勿論知らないし、そもそも鬼という時点で不可思議なことも多い。
性格はようやく掴めてきたところ。
だからもっと知りたいと思ったのだろうか。
そんな彼女が、特別な感じがして呼びたいのだと言う。
照れ臭そうにはにかむその顔に、幼い少年の団栗眼はまぁるく見開いた。
「ン"ッ!」
つられて頬が熱くなる。
その顔を悟られまいと、反射的に顔を背けて咳き込んでいた。
「き、鬼太郎くん?」
「なんでもない」
「でも」
「なんでもないからなんでもない。蛍が呼びたいなら好きにすればいい」
「あ、いいの?」
「うん」
覗き込んでくる顔から逃げるように後退る。
蛍の興味を逸らすように話題を振れば、鬼太郎の思惑通り彼女は喜んでくれた。
『…猫娘が見ておらんことを祈るのう』
「父さんッ!」
「え? とう…親父さん?」
「な…っんでもないなんでも!」
ぼそりと耳に響いたのは、先程から鬼太郎の髪の中に隠れて空気を読んでいた目玉親父だった。
空気は読んでいたつもりだが、珍しい息子の姿に呟かずにはいられなかったのか。
更に熱くなりそうな顔の前で手を振って、鬼太郎は慌てて笠の下から抜け出した。
「あっ」
「それじゃあ、僕らは行くよ。いつまでもこそこそ話をしていたら、穴が空きそうな程に見てる彼が動き出し兼ねないし」
蛍越しの茶店の前に立っている杏寿郎。
腕組みをして待機する姿はいつもの彼だが、双眸だけは微動だにせずにこちらを見ている。
見開く強い双眸は番傘の影になっているはずなのに、鈍く光ってみえるのは気の所為ではないだろう。
(待っていてくれてるだけ十分、譲歩だな)
自分が少年の姿をしているからか。
人間ではないからか。
共に命を賭して共闘した身だからか。
理由は定かでないが、彼が動き出す前に退散した方がよさそうだと足元の一反木綿を拾い上げた。