第31章 煉獄とゐふ者
こんなにも強い鬼太郎が、人間に育てられた過去を持っていたからではない。
『幽霊族って、妖怪じゃなくても近しい存在なんですよね?…ならなんで妖怪側じゃなくて人間側についてるんですか?』
『人間側についてなんかいない』
蛍の疑問を切り捨てるように否定した。
あの鬼太郎が、自らその理由を語ったからだ。
「だからまたいつか人間界(ここ)で会えるかもしれない。その時は僕も、友として接してくれたら嬉しい…と思う」
「…鬼太郎くん」
それ以上の理由など要らなかった。
一度は言い淀んだ思いを吐露する程に、歩み寄ろうと決意したのは蛍だけではない。
鬼太郎もまたその姿勢で応えてくれたのだ。
きゅっと結んだ唇の端が上がる。
「じゃあもう、さん呼びと敬語は無しだね」
「…あ。」
「ふふ。時々呼んでくれていたよね、今みたいに。普段は冷静な物言いが多いけど、鬼太郎くんが熱い性格だってこともわかったし」
「そ、それは…」
「それに私より物知りだし、お兄さんだし」
「妖怪は誰しも人間より長寿だから、あまり関係ないんじゃ…」
「だとしても、今の話し方の方が私は嬉しいの。駄目かな?」
頸を傾げて笑う蛍の口元から覗く、鋭い牙。
確かに人間には無いものを持つ彼女は鬼だ。
それでも微塵もそこに恐怖や違和感は覚えない。
それが既に答えだ。
「…わかったよ」
肩を下げて溜息一つ。
苦笑混じりに鬼太郎は頷いた。
「それじゃあ蛍も、くん付けは必要ないから」
「ええ…それはちょっと」
「なんでそこで渋るんだ」
「だって、なんか気に入っちゃって。鬼太郎くん」
「…子供扱いされてる気がする」
「そんなことないよっ? ほら、親父さんや鼠さんは鬼太郎って呼ぶでしょ。一反木綿は鬼太郎さん」
「それが?」
「…だったら私は鬼太郎くんでいいかなって」
はにかむ顔に、ほんの少しの照れが混じる。
「愛称って訳じゃないけど。少し特別な感じするでしょ?」