第31章 煉獄とゐふ者
見た目は若くとも、遥かに年も経験も重ねて沢山のものを見てきた少年。
だからこそありのままの自分を見て欲しかったのかもしれない。
蛍が一息つくように沈黙を作る。
息を吞んで見つめる空気はどことなく緊張した。
鬼太郎に望む答えを欲しがった訳ではない。
それでも無言で感情の見えない視線を向けてくる少年の反応が気がかりだった。
こくりを喉を嚥下する。
伝わる緊迫した空気に、先に動いたのは鬼太郎だ。
「見えてる世界が全てじゃない」
「…え?」
蛍の手で支えられていた笠に、少年の手もまた支えるように重なる。
縁を持ち僅かに上げて、蛍を見上げ直した。
「そうして僕は生きてきた」
「…見えてる世界が全てじゃない…?」
「ああ」
妖怪は確かに人間界にもいる。
しかし蛍が語った牛鬼のように架空のおとぎ話のように人間に捉えられているのは、妖怪が人目についていないからだ。
正体を隠して人間に紛れている者もいるが、大半の理由は人間が"それら"を見ることができない為である。
妖怪の姿は特定の人間にしか見ることができない。
その存在を真っ向から否定している者には、確かな姿では捉えられない。
(それは僕も同じだったのか)
見えている世界が全てではない。
そう鬼太郎が投げかけてきたのは人間に対してだ。
自分に対して投げかけたのは初めてだった。
「知っていたつもりだったのに、それでも僕の知らない世界は広がっていた」
「…私もだよ」
呆けながらも続く蛍の言葉に、ふと鬼太郎の口角が緩む。
「じゃあお互い様だ」
大きな目を緩めるようにして笑う。
先程の目玉親父を彷彿とさせるような、肩の力を抜かせる穏やかな笑顔だ。
思わず蛍も、緊張気味に強張らせていた体から力が抜けた。
へたりと眉尻が下がる。
「…怖くない…?」
「うーん。そういう感情はないかな」
「…変だなって思う?」
「僕の知らない世界のことだから興味はある。妖怪とも人とも違うものだし」
おずおずと問いかける蛍の声は小さく、か細い。
その一つ一つに耳を傾け鬼太郎は丁寧に拾っていった。