第31章 煉獄とゐふ者
人を食べる鬼。
予想もつかなかった言葉を前に、鬼太郎の動きが止まる。
唯一覗く隻眼が、驚く目で蛍を見た。
「喰べるというか、血を飲むというか…それしか口にできないから…あ、勿論合意の上でね。制約をした上で本当に必要な時だけ、少し人から貰っているんだけど…っ」
あたふたと後付けを重ねながら、きゅっと蛍が唇を噛む。
「でも……人間を、喰べたことも、ある。私達の世界で言う悪鬼は、人を喰べる存在なの」
「……」
「だから自分の血なら大丈夫って言ったのは、それならまだ正気を保っていられるって意味で…他人の血を嗅いでしまえば…食欲が出てしまう可能性も、あるから…」
最初こそ捲し立てるように告げていた蛍だったが、段々とその声が尻窄みに小さくなっていく。
言い難そうに告げながら、目線は鬼太郎から足元へと落ちた。
「そんな鬼から人々を守る為に、鬼殺隊はいるんだよ」
鬼殺隊の意義。
それは人々を守る為だけでなかった。
人間を食料とする悪鬼をこの世から一匹残らず消し去る為に生まれた組織なのだ。
「…なんで…それを、話そうと思ったんですか…?」
ようやく口を開いた鬼太郎が、問いかけられたのはそれだけだった。
心底驚きはした。だからと言って蛍という存在を否定する気はないが、何故話そうと思ったのか。
「…ちゃんと自分の姿を知って欲しかったから…かも、しれない」
未だ迷うように視線は彷徨う。
しかし恐る恐ると上げたそれは、鬼太郎の視線を再び重なった。
「鬼太郎くんも親父さんも、自分に近い存在ののびあがりを倒すべき"悪"として見てた。人間の方が鬼太郎くん達にとって別の存在のはずなのに。何が自分達にとって良いことで悪いことなのか、自分達の物差しでちゃんと見定めてた。…だから、私も」
彼らは鬼殺隊ではない。
それでも弱き人々を守ろうと体を張れる者達だ。
だからこそありのままの自分の姿を告げようと思ったのかもしれない。
誤解を招いたまま別れるのは、蛍自身が納得しなかった。
「私も、私の物差しで生きているの。鬼だけど、人と共にありたいって。それを知って欲しくて」