第31章 煉獄とゐふ者
「──さて。良いものも見れたことじゃし。儂らもそろそろ行くとするかのう」
「はい」
「えっもう行くの?」
父を肩に乗せ席を立つ。
鬼太郎の姿に目を止めたのは蛍だけではなかった。
杏寿郎もまた表情を引き締め顔を上げると、何かを訴えるような視線を向ける。
「親父殿。もしまだ時間が許されるなら、その…我が先祖のことをもっと聞いてみたいのだが…」
「言ったじゃろう? あの時は今の煉獄君のように接触はしておらんかった。儂が語れるのは所詮外部から見た煉獄君のご先祖の姿だけじゃ。大した話にもならんじゃろうて」
「しかし…っ」
「それに儂は、今目の前にいる男程立派な剣士は知らんからのう。何をどう語っても、儂の中での一番は煉獄君じゃ」
ただの目玉一つ。
なのに微笑ましく見守られているような視線に感じるのは何故だろうか。
「ああ。ただ一つ、何百年経ってもお主らの放つ炎の呼吸とやらは変わらず見事で鮮やかなものじゃった。今日見るまで忘れておったとは、勿体ないことをしたもんじゃ」
思い出すようにからからと声にして笑う目玉親父に、自然と杏寿郎の口は閉じていた。
これ以上問い質しても、今以上の語りべなどきっと望めないだろう。
それ程までに杏寿郎の胸を満たすのに、それは十分な応えだったからだ。
「ほら一反木綿。帰るぞ」
「ぅぅ…別れの時は早かね…蛍ちゃん、おいどんのこと忘れたらいけんよ…」
「勿論、忘れたりしないよ。一反木綿のことも、鬼太郎くんも親父さんも、鼠さんも。こんなに面白くて、強くて、人に優しい妖怪なんて知らないもん」
「蛍しゃん…っ!」
「わかったからそれ以上泣くな、一反木綿。体がふやける」
一番人間の形(なり)をしていない一反木綿が一番感情を有している様に、蛍達の顔も綻ぶ。
ふやふやと涙ながらに力無く浮いていた木綿はやがて、鬼太郎に抱えられる形で腕の中に収まった。