第31章 煉獄とゐふ者
〝所詮俺達は大した者にはなれない〟
それが槇寿郎の口癖だった。
つまらない存在。
炎の呼吸など役に立たない。
そんなもの意味がない。
何度も何度も顔を背けて吐き捨てられた言葉だ。
実父からの言葉を幾度も浴びて生きてきた所為か、杏寿郎は柱の座に自らの足で昇り詰めようとも己を驕ったことはない。
実直に、ただひたすらに、自分はまだまだだと努力を重ねていくのみ。
いつか父に認めてもらう。
ただそれだけの為に。
「…そうだな」
幾度も否定され続けてきた炎の呼吸を継承していく道筋。
屈託のない蛍の笑顔に、懐かしむように告げる目玉親父の昔話に、初めてそれらを認めてもらえたような気がした。
他の誰でもない、繋いできたのは顔も知らない我が先祖である煉獄の者達だ。
彼らは一心にその思いを繋いできてくれたのだろう。
自分が父の背を見て動作一つ、機微一つ、全て拾い続けていたように。
父もきっと拾っていたのだ。
"そんなもの"と告げた炎柱の姿を、焦がれるような思いで。
(父上はやはり炎柱となり得る人だった。過去にそうして繋いでくれた祖父や曾祖父のように)
「それだけの熱い思いが結ばれてきたってことだよね」
ね、と頸を傾げてゆらりと笑う。
蛍の綻ぶ感情が伝染するように、視界がちかちかと華やいだ。
眩しい何かを見ているようだ。
まるで幼い頃の家族四人で過ごした思い出のように、光の中にいるような感覚に陥る情景。
目を細めて静かにもう一度頷くと、杏寿郎は木綿の尻尾を離して煌めきへと手を伸ばした。
「ああ、そうだな。…そうだ」
「…杏寿郎?」
「少し目が眩んでしまった。支えてくれるか」
華奢な肩に触れ、ぽすりとそこに額を落とす。
綻びから解れほどけて広がっていくように。どうしようもなく緩む顔を押しとどめられていられなかった。
蛍一人だけなら躊躇なく破顔できたかもしれない。
しかし此処には鬼太郎達がいる。
己の奥底にある感情を遠慮なく吐露するには、まだその距離は遠い。
「…うん」
囁くように告げる杏寿郎に、蛍は深く問うこともなかった。
常に自分の足で立ち、沢山のものを支えている杏寿郎の細やかな甘えなのだ。