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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第31章 煉獄とゐふ者



「しかし先程の得体の知れないものは一体…」

「ご存じではないか? 鬼という存在を」

「ぉ…鬼、ですか?」

「鬼って、あの鬼? 頭にツノがあるっ」

「はは、確かに角がある者もいるな。君は知っているのか?」

「おれ、鬼初めて見た!」


 母の後ろで恐々と様子を見ていた少年が、興味を引いて顔を出してくる。
 その少年の反応といい、怯えてはいるものの動けない程に身を竦ませている訳ではない母といい。二人の反応からして本物の悪鬼の存在を知っている訳ではないのだろうと予想できた。

 何より鬼の脅威が二人の体だけでなく心に牙を剥く前に、その頸を斬り落とすことができた。
 それもこれも常人を超えた行動で迅速な対処をした縁壱のお陰だ。


「お侍さんは鬼を退治しているのっ?」

「こらっお侍様にそんな言い方…っ」

「いや、構わない。ああそうだよ。俺達は鬼を滅する仕事をしている者なんだ」


 息子を窘める母に笑顔で流すと、煉獄は足腰を落として少年の視線の高さに己の目線を合わせた。


「すごいなぁ…っ鬼ってどんな生き物なの? なんでさっきまでそこにいたのに消えてるのっ?」

「気になるかい?」

「うん!」

「君が知りたいなら教えてあげよう。一等大切なものを見失わずにいられるなら」

「いっとう大切なもの…?」


 無垢な視線を向けてくる少年に、煉獄が一番恐れていたものはない。
 恐怖のない純粋な好奇心。
 しかしだからこそ忘れてはならないのだ。


「鬼という存在を知った時、何を守るべきか」

「守る…」


 考えるように視線を巡らせた少年が目を止めたのは、傍らに立つ母だった。


「それなら母ちゃんだ! おれの一番大切な家族だからっ」

「うむ、立派な答えだ! ではその母を悪鬼の恐怖に染めないように努めなければな」

「うんっ」

「体は勿論、心に悪鬼を住まわせるべからず。母を大切に思うなら、その心が悪に飲み込まれぬよう守っていかなければならないぞ」

「そうなの?」


 伸びた手が、くしゃりと少年の小さな頭を掻き撫でる。


「悪鬼を知らず、遭遇もせずにいられるならば、それが一番であろう。ぜひそのまま天寿を全うして欲しい!」


 そうして眉尻を跳ね上げ、強くも砕けた笑みを向けた。


「それが我らの願いだからだ!」











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