第31章 煉獄とゐふ者
「うむ。鬼太郎が生まれる前のことじゃ。知らなくて当然じゃのう」
「生まれる前って…鬼太郎くん何歳だっけ」
「はぁ。とりあえず三桁程はありますが」
「さ、三桁…っ」
「では鬼太郎少年が生まれる前となると」
「言ったじゃろう? 戦国の世にも同じくのびあがりは生きていた。同じ時代に、儂は煉獄君に似た人間を見たことがある」
戦国時代。
そんな途方もない時代の出来事だったとは。
てっきり他人の空似のような感覚でいた杏寿郎は、一反木綿の尻尾を握り腕組みをしたまま、驚きを隠せなかった。
「朝日に照らされる金の稲穂のような髪。そこに混じる果実のように鮮やかな赤髪。同じ色を宿す貫くような瞳。似た風貌は二人とおらんかったのに、何故今まで忘れておったのか」
杏寿郎を見上げて、目玉親父は懐かしむようにしみじみと呟いた。
「身形は今と違えど、その羽織もどことなく似ておったしのう」
「! それは…」
「うむ。もしかしたらご先祖様じゃったのかもしれんの。儂が思い出したのは、煉獄君の見た目ではなく言葉にじゃったからな」
「…言葉って…」
似た羽織を着ている似た風貌の人間。
それはトミが杏寿郎を父の槇寿郎と見間違えたように、目玉親父も血の繋がりを持つ者を見ていたのかもしれない。
鬼殺隊の炎の呼吸の剣士を。
「遠くから観察させてもらっておったんじゃが、煉獄君が幼い女の子に笑って言っておったじゃろう?」
しかし目玉親父が気付いたのは、杏寿郎の姿ではなく言動だと言う。
興味深く問いかける蛍にも視線を返すと、こくりと丸い目玉が頷いた。
「鬼を知らず遭遇もせず、それで天寿を全うできるなら一番じゃと」
声を上げて朗らかに笑う。そんな杏寿郎の姿に、遠くから見守っていた目玉親父の視界は一気に拓けた感覚に陥った。
『悪鬼など知らず、遭遇もせずにいられるならば、それが一番であろう。ぜひそのまま天寿を全うして欲しい!』
そう二割れの太い眉尻を上げて、気持ちのいい朗らかな声で笑う男と重なったからだ。
まるで記憶の奥底を掘り起こされるように、目玉親父の頭に鮮明に思い浮かんだ。
武士と呼ばれる者達が駆け抜け生きていた、あの時代の人間を。