第31章 煉獄とゐふ者
襟巻と化した一反木綿を労うようにぺたぺたと触れる。
蛍の楽しそうな横顔を見ていた鬼太郎も、つられて頬を緩めた。
「ありがとうございます」
「何が?」
「いえ。言いたくなっただけです」
唐突な礼に頸を傾げるも、鬼太郎はすっきりした顔で前を向くだけ。
暫く頸を傾げていたが、それ以上の返答は貰えないと蛍も悟ると深く問いかけることはなく。沈黙を作ると手持ち無沙汰に膝の上で指を握り合わせた。
「蛍ちゃんは横顔もべっぴんさんやねぇ…」
「こら。静かにと言っただろう。俺は喋る襟巻を身に付けている覚えはないぞ」
「そげん言うなら、煉獄さんがおいどんの言葉に合わせて話すフリすればよかとよ」
「それはまた奇天烈な提案だな…」
「煉獄さんもおいどんと大して変わらんやろ? 蛍ちゃんへの想いは」
「一緒にされては困る。俺と君とでは違う」
杏寿郎にしては珍しい小声で投げ交わされる言葉のキャッチボール。
右から左へとそれを流しながら、蛍はきゅっと指を強く握ると口を開いた。
「まぁまぁ、そう意固地にならんでもいいじゃろ。煉獄君と一反木綿は違う者じゃし、似ておるところも確かにある」
「そうやろ~? ほら、親父さんがそう言うとるけん」
「むぅ…そうか?」
開いた口から言葉が作られる、その前に。蛍の意識を止めたのは鬼太郎の膝から飛び降りた目玉親父だった。
ぴょこんと軽く跳ねると蛍の膝の上を越え、杏寿郎の傍の縁台に着地する。
ここまで小さな存在なら、まばらな人々の目にもつかないだろう。
腕組みをしたまま見下ろす杏寿郎に、目玉親父は宥めるように小さな手をひらひらと振った。
「それに儂はもう一人、煉獄君に似ておる者を知っておる」
「俺に?」
「…そんな人いましたか?」
煉獄杏寿郎。
その名も然り、彼の個というものもとても特徴的な人物だと鬼太郎は捉えていた。
今まで沢山の人間に出会ってきたが、杏寿郎のような人間は初めてだった。
そう思える程に。
しかし父は、似ている者を知っていると言う。