第31章 煉獄とゐふ者
「うーん…あ。そうだ」
ぽんと手を打った蛍が、不意に身を屈ませる。
縁台の布を捲って一反木綿を手招きすれば、尾のような細い木綿の先をゆたりと握った。
「一反木綿。動かないでね」
「おぉおお女の子の蛍ちゃん…っ」
「声出すのも禁止。じっとしてて」
「なんばンっ?」
動かずに喋りもしなければ、ただの長い木綿だ。
興奮気味の一反木綿を注意して、ぐるぐると頸元に巻き付ける。
すると忽ちに木綿は分厚い襟巻へと変わった。
「じゃん。これで人の目に触れても妖怪だってわからないんじゃない?」
「それはそうじゃが…」
「…いいんですか」
「ん? 一反木綿は我慢できる?」
「蛍ちゃんの姿が拝めるなら我慢するったい」
忠実に襟巻と化しながら小声で告げる一反木綿に、よしと蛍は笑顔で笑うとそのまま目線を上げた。
「杏寿郎も」
「……何故俺なんだ……」
其処には頸元をぐるぐると一反木綿に巻かれた杏寿郎の顔があった。
口元は凡そ木綿で隠れてしまい、まるで防寒具を重装備した人間のようだ。
今は十一月。
その姿が馴染む季節であったことが幸いだ。
「私に巻いたら、また何か言われそうだし。それなら杏寿郎の傍に置いた方が無駄に衝突しないかなって」
「…むぅ」
確かに蛍の言う通りだ。
これが蛍の襟巻になるのだったら杏寿郎も阻止しただろう。
自分に巻かれているものだから多少不服でも異論はない。
それでも眉を顰め呼吸のし難そうな口元を見ていたが、やがて諦めたのか脱力気味に一反木綿の背を掴んだ。
「君が変なことをしなければ、蛍を見ることくらいならば構わん」
「ぉわっ…木綿扱いの荒い人間ばってん…」
巻き付けるようにばさりと背中に一反木綿の顔を流す。
大人しく杏寿郎の背にぺたりと頭を垂れながら、一反木綿は小声で愚痴を零した。
何が悲しくて男の頸に巻かれなければいけないのか。
そう申し立てたくなるが、女性本来の蛍の姿を傍で見られるのなら我慢もしよう。