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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第31章 煉獄とゐふ者



「猫娘達の方も滞りなく処理を済ませたようですし。太陽と共にこの町の人々も目を覚ますでしょう」

「うむ! 砂かけ婆と子泣き爺にも感謝せねばのう」

「そうですね」


 自分達の役割もこれで達成できた。
 後はこの町を去るだけだ。

 普段の鬼太郎なら、立つ鳥跡を濁さず。
 別れも告げずにいつの間にかその土地から姿を消すことはよくあった。
 そうして別れてきた人間もごまんといる。

 それでも足は動かず、駅から目を逸らせなかったのは、一向に蛍が姿を見せなかったからだ。
 悪鬼の頸を杏寿郎が刀で跳ねたであろう、凡その予想はついた。
 その後に少女を抱いた蛍が駅内へと入っていく姿も確認している。

 悪鬼に倒された訳ではないだろう。
 しかし最後に捉えた姿は、顔や手足の至る所を赤く染めていた。


(もしかして深手を負ったのか?)


 時間経過と共に悪化し、動けないくらいの重症となっているのだろうか。
 そわりと肌を撫でるような不安感を覚える。

 無言で行き交う隊士達を見下ろしていた鬼太郎は、やがて諦めたように小さく息をついた。


「…父さん。最後に一度、彼らの顔を見に行ってもいいでしょうか」

「ふむ?」

「彼女は"また"と最後に言っていました。このまま去れば、後味の悪い思いをさせるかもしれません」

「…鬼太郎、お主…」

「? なんですか」

「いや」


 今までそんな別れも数多く経験してきたはずだ。

 妖怪は人間に必要以上に干渉してはならない。
 そうして鬼太郎は今まで生きてきたのだ。

 その我が息子が、無意識にも妖怪ではない他人に歩み寄ろうとしている。
 顔でもある目玉からまるではらはらと何かを落とすような勢いで、目玉親父は息子の横顔を一心に見つめた。

 知っている息子の、知らない機微を見つけたようで。


「うむ、そうじゃのう。きちんと言葉を交わして別れるのも悪くない。急ぎで他に請け負っている仕事はないことじゃし」


 やがて胡坐を掻いて肩の上にすとんと座ると、目玉親父はにっこりと一つしかない目玉を瞬いて細めた。
 笑顔の感情を有するように。

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