第31章 煉獄とゐふ者
「──しかしまぁ、これで万事解決ですね」
「それは性急過ぎるな。四十人以上も喰った鬼が、この程度であろうはずがない」
ほっと息つく巽の言葉を易々と否定した杏寿郎の声に、再び重みが戻ってくる。
顔から手を退いてはっと顔を上げると、巽もようやく杏寿郎の危機感を感じ取った。
「では切り裂き魔は我々の目をかく乱する為の…?」
「あるいはそうなのかもな」
告げながら杏寿郎が見つめる先には、蛍とふくがいる。
今だ照れ隠しのように顔を背けるふくに、頸を傾げる蛍。
少し離れた場所では弁当を片付け終えたトミがようやく肩の荷を下ろしたように一息ついていた。
皆が各々、本来の表情(かお)を取り戻してきている。
この場の騒動は落ち着かせることはできた。
しかし杏寿郎が産屋敷耀哉から直々に命じられた任務は、まだ達成し終えていない。
「いずれにせよ無限列車の鬼は別にいる。もっと強力な、得体の知れない鬼が何処かに潜んでいる」
初めて無限列車と向き合った時に感じた、微かな鬼の気配。
それは切り裂き魔から感じるような浅い気配ではなかった。
ずしりと腹にくる。
微かだが確かに重々しい鬼の気配だった。
「では明日、無限列車に?」
白けた空に一筋の光が入る。
「無論、乗り込む!」
ようやく訪れた一日の始まり。
昇る朝日が改札に立つ杏寿郎の姿をゆっくりと照らし出す。
「もう今日だがな!」
小麦畑のような焔色の豊かな髪をきらきらと光に反射させて、杏寿郎は朝日を受けて目を細めた。
「よかったですね、父さん」
「うむ。儂らが手を出すまでもなかったのう。煉獄君達だけで十分事足りる件じゃった」
とある民家の屋根の上。
其処から見渡す町並みは朝日を迎えたというのに、人気もなく静かだ。
ただ隊服姿の男女が行き交っている駅周辺だけはまだ慌ただしさを残している。
それも時間の問題。
切り裂き魔を倒した今、すぐに収束するのは目に見えていた。
屋根の上に立つのは一人の少年。
その肩に立つ目玉が一つ。