第31章 煉獄とゐふ者
ふくの視線が揺らぐ。
視界の隅に映るのは、隊士達に手を貸して貰いながら床に散らしてしまった弁当を片付けているトミの姿だった。
悪鬼に狼狽えた末に乱れた髪や衣服。
隊士達に頭を下げながら疲れた笑みを浮かべるトミに、ふくは奥歯を噛み締めた。
とにかくお金を稼がないと。
その一心で仕事をしていた。
誰よりも傍にいるはずのトミの姿を、きちんと見ていなかったのは自分自身だ。
「ごめんなさい…おばあちゃん」
トミが悪鬼に狙われたと気付いた時、頭が一瞬真っ白になった。
いつも傍にいて優しく包んでくれる祖母の存在が当たり前だったことに、その時気付いたのだ。
(当たり前じゃ、ないのに)
トミは"鬼"という存在を知っていた。
だからこそ口を酸っぱくして毎日ふくのことを心配していたのだろう。
温かい日常が日常であったのは、そうしたトミの姿勢のお陰だったのかもしれない。
でなければ駅内に泊まり込みすることすらふくは厭わなかったからだ。
じわりと目尻が熱くなる。
震える手で拳を握り、ふくは俯くように頭を下げた。
「おばあちゃんがいなくなるの…嫌だから…気を付けます…」
泣きそうな声に蛍の目尻が優しく緩む。
包むように触れた手を両手で柔く握って、うんと頷いた。
「うむ、よく決意した! 出会ったばかりの他人の言葉を真摯に受け止められるのは、君の人間性の素晴らしさ故だ」
「…お兄さん…」
「家族を思うその心も、共に忘れないでいて欲しい」
傍らに立つ杏寿郎の強くも優しい声にも、背を押される。
確かに出会ったばかりの他人である。
それでも蛍や杏寿郎の言葉が響いたのは、自分の人間性だけではない。
躊躇うことなく体を張り守ろうとしてくれた、彼らだったからだ。
「あ。でもふくさん達のお仕事の邪魔がしたい訳じゃないですからっ。美味しいお弁当、沢山売って下さいね」
「えっは、はいっ」
「そういえば蛍はあの弁当の匂いが気に入っていたみたいだな」
「うん。凄く美味しそうな匂いがずっとしてる。ふくさんからも感じるし」
「えっ」
「こう、甘じょっぱく染み込んだ高級なお肉のですね。お腹をくすぐるような良い匂いが」
「ええ…っ」