第31章 煉獄とゐふ者
「よかった…っ」
心の底から零れ落ちる感情の音に、蛍の擬態した目が瞬く。
まさかそんなに心配されるとは。
くすぐったそうにぽりぽりと指先で頬を手持ち無沙汰に掻いた。
「蛍」
「あ。杏寿郎」
「見たところ大丈夫そうか」
「うん」
蛍のふくへの気遣いを汲んでか。静かに歩み寄った杏寿郎も怪我のことは深く聞かず、完治へと向かう体に一通り目を通した。
「だが無茶をしたな。腹は?」
「大丈夫。今は」
飢餓の兆候を尋ねる杏寿郎に笑って頸を振れば、炎の双眸がふと止まる。
何か言いたげに口を開いた時、ばたばたと駅の外から足音が幾つも響いた。
「炎柱!! 彩千代!」
駆け寄ってきたのは複数の隊士達。
そこにはあの巽の姿もあった。
「大丈夫ですか!」
「なに、今片付いたところだ」
「ご苦労様です」
「それより君も、もう大事ないか?」
「はいッ見ての通り、もう大丈夫です!」
仲間の隊士に調達してもらったであろう、隊服に身を包む姿は立派な鬼殺隊の一員だ。
その顔は杏寿郎の姿に一瞬笑顔を宿し、それから何かを捜すように辺りを見渡した。
「彩千代お前…っ大丈夫かっ?」
改札の影に座り込む蛍を見つけて、顔に付着する血に慌てて駆け寄る。
「はい、問題ないです。もうどこも怪我してませんから」
「そ、そうなのか」
「それより巽さんも、そんなに走り回って大丈夫ですか?」
「ああ。鬼殺隊の体力舐めるなよ」
ふんと笑う巽の姿につられて笑いながら、蛍は別れ際に傍らにいた痩せ男の姿がないことに気付いた。
「あれ、鼠さんは?」
「あの男なら、仲間と合流した時にどさくさに紛れて何処かに消えてしまったんだ」
「消えた…」
「ふむ。元々は我々の前に姿を現すような者達ではなかった。それが自然なのやもしれないな」
ふく達がいる手前、言葉を選んでいるが杏寿郎の伝えるべきことは蛍と巽にも理解できた。
悪鬼でさえも一般市民には常軌を逸した存在。
妖怪などという存在も言葉にしただけでは簡単に信じてもらえないだろう。