第31章 煉獄とゐふ者
涙を浮かべるその目がようやくふくへと向いた。
しかしその言葉にふくは戸惑うばかり。
「おばあちゃん、なに言ってるの…?」
杏寿郎の姿は若き男性だ。
二十年前も刀を振るい今のように悪鬼を倒していたとは思えない。
背を向けていた杏寿郎が、その全ての答えを知っていた。
は、と顔を上げると、柔く口元に笑みを乗せる。
振り返りトミを見つめる双眸に先程の鋭さは無く、彼もまた過去の光景を見つめていた。
『母上、またお聞かせくださいませ。父上の鬼殺の話を!』
『ふふ。杏寿郎はその話が好きですね』
『はい!』
二十年前であれば、丁度己が生まれた年。
もしかすればまだ母の腹の中にいた時かもしれない。
その頃のことかは定かではないが、父からも母からもよく成るべく鬼殺隊の話は聞いていた。
特に杏寿郎が好きだったのは、父の活躍する話だ。
どんなに威厳高く、勇敢で、誇るべき姿をしていたのだろうか。
話の中で想像しては絶え間なく憧れた。
「それは、きっと俺の父でしょう」
「え…?」
それでもう十分だった。
トミのその顔が、涙が、声が物語ってくれている。
どれだけ父──槇寿郎の姿が勇敢なものだったのかを。
「俺は父を継いで鬼を狩っているのです」
静かに振り返り真正面からトミと向き合う。
嘗ての父。炎柱として真っ直ぐに生き抜いていた父を、彼女は見たのだろう。
父が救うべき人々にどのような目を向けられていたのか。
トミの涙で揺らぐ瞳を優しく見つめて、杏寿郎は顔を綻ばせた。
「父と同じように、貴女をお守りできたこと。光栄です」
鬼殺隊に深く関わる父や母、自分ならばその大切さも稀有さも知っている。
しかし鬼殺隊を知らないトミ達は、彼らがどれだけ尊ぶべき存在かなど知らない。
その彼女が何十年経っても涙を流せる程に、褪せず心にとどめておいてくれたのだ。
(それだけで、この道を歩んだ意味になる)
父は決して歩み間違いなどしていない。
そう強く背を押してもらえた気がした。