第31章 煉獄とゐふ者
「炎の呼吸、壱ノ型──〝不知火〟」
静かに告げる杏寿郎の顔を明るく照らす火柱。
刀から吹き上げ小さな火花のように舞い散る様に、誰よりも間近で見上げていたトミは声を失った。
ごとんと傍らに落ちる悪鬼の体も、塵になって朽ちていく悪鬼の頭も視界に入らない。
ただただ見ているのは、鬼を斬り捨て背を向けた杏寿郎だけだ。
「…ぁ…あ、なた…は…」
──その日は、雨が降っていた。
赤みをほんのりと帯びた宍色(ししいろ)の着物に、黒い袴に脚絆を身に付けた男。
その肩には炎を模した羽織を着ていた。
赤い刀にちりちりと残る残火。
鬼を斬り捨てた後(のち)、丸く一振りに下ろせば空気に溶けるように残火が消える。
左手で握った鞘をそっと持ち上げ、刀の棟を鞘の口に添える。
ゆっくりと手を前方に引き、切っ先を鞘の入口にあてがうと流れるような動作で静かに鞘へ刃を収めた。
【悪鬼滅殺】と刻まれた刃が真白な鞘へと消えていく。
乱れ一つ無く、整えるように深く息を吐く。
鍔から縁、柄へと添えた右手を撫でるように滑らせ、先端の頭(かしら)を包むように優しく握る。
一連の動作を呼吸の一つように振る舞う男は、雨に濡れて尚煌めくような不思議な焔色の髪をしていた。
「貴方、は…」
今目の前に背を向けて立つ、杏寿郎のように。
「救って、下さった…の、ですね…」
ひくりと声がしゃくり上がる。
見開くトミの瞳から、大粒の涙が溢れ落ちた。
「二度も…っ」
ふくを抱いた蛍が改札へと姿を現す。
悪鬼の体が消滅していくのを見届けて、そっと少女の体をその場に下ろした。
「おばあちゃんっ」
駆け寄るふくの手がトミの肩に触れる。
それでもトミの目は釘付けのように炎の羽織を纏う背中を見つめ続けていた。
その先に見える景色は、凡そ数十年前。
今と同じように蹲るトミの目の前で起きたことだ。
「忘れもしません…そのお顔…羽織…私と、ふくの母親は二十年前、貴方に助けて頂きました…っ」