第31章 煉獄とゐふ者
「どいつもこいつも似たようなことしか口にしねぇ…あの鬼に変な入れ知恵をしたのはお前だな」
鬼狩りに組する鬼など。
あれさえ邪魔立てしなければ、既に弁当売りの親子の命は奪えていたはずだ。
鬼狩りが追い付いたとて、亀のように遅い足だと嘲笑ってやることができたというのに。
吐き捨てるように告げれば、杏寿郎の顔に貼り付けられていた笑みが消えた。
「よくも蛍を傷付けてくれたな」
喉を震わすような低い声。
ぎょろりと剥く金輪の双眸が、電灯のない暗いホームで鈍く光る。
整備工場で少年を傷付け、弁当売りに手を出すと煽った時も、今のような声や視線は見たことがない。
完治したはずの足首の痛みが再発されるようなびりびりと感じる圧に、悪鬼はひゅっとか細く息を吸い込んだ。
この鬼狩りは危険だ。
これ以上関われば己の命が危うくなる。
逃げ出さなければ。
此処から、一刻も早く。
「…試してみようじゃねぇか」
危機感に背を向けるようにして声を絞り出す。
今すぐこの場から逃げ出しても、あの鬼狩りの足なら追い付かれる可能性がある。
更には夜明けもすぐそこまで迫っている。
逃げ果せる可能性は限りなく低い。
ならば此処で鬼狩りを出し抜いて逃げ出すしかない。
あの少年のように身近な人間を手負いにすれば、鬼狩りの目はそちらに向く。
その時が好機だ。
「俺がこのババアの喉を切り裂くのが先か。お前が俺の頸を取るのが先か」
初めて悪鬼の顔から余裕の笑みが消えた。
歪んだ口で挑戦するように告げる悪鬼に、杏寿郎の表情はぴくりとも動かない。
「試すには及ばない」
呼吸を繋ぐ動作もなかった。
刀を握る動作もなかった。
淡々と告げる杏寿郎の声が静かに響く。
「お前は──」
悪鬼の首筋に冷たい刃を当てられたような悪寒が走る。
「遅いッ!!」
刹那。
一瞬鬼狩りの姿が目の前に迫ったと思えば、視界は反転し世界が回っていた。
駅の天井が見えたかと思えば、ぐるりと反転して鬼狩りの後頭部が見える。
そして頸のない己の体も。
(な…っ斬られ、た?)
──ザンッ!
斬撃の音が今になって後から届いた。