第31章 煉獄とゐふ者
「──くそ…ッ」
蛍の腱を切り裂いた時よりも、深く斬り捨てられた足を引き摺りながら悪鬼は吐き捨てた。
ずるずると引き摺る足の後ろには、道しるべのように赤い道が続いている。
あの鬼狩りもすぐに追ってくるだろう。
ならばせめてもう一人の弁当売りはこの手で始末しなければ。
吐き気を及ぼす生臭い弁当の臭いは、少女だけではない。
更に強く染み付いた臭いを発しているのは大量の弁当を抱えていた老婆。
騒ぎを聞きつけていたのか、逃げ出そうとせずに何度も孫の名を呟いている。
「ふ、ふくは…」
「やいババア」
「ひ…ッ」
引き摺る足で迫れば、恐怖にぼとぼとと弁当を取り落とす。
へなへなと力無くその場に尻餅を着く様は、孫のふくと同じだった。
しかしこの場にその体を抱きかかえて守ろうとする目障りな鬼はいない。
後数歩近付けば、この爪で老婆の頸を掻き切ることができる。
ザッ
背後で静かな足音が届く。
振り返れば、改札の向こう側。ホームに立つ鬼狩りの姿があった。
「ッ…」
やはり見間違いなどではない。
この足に喰らった斬撃も、あの男によるものだ。
「一体どうやって追い付きやがった…ッ」
しかし相手は鬼殺隊であっても人間のはずだ。
何故その足で夜が明ける前に駅へと来られたのか。
そんな人間になど過去、出会ったことはない。
「過信するなと言ったはずだ」
ばさりと羽織を内側から払い退けて、刀の鞘を見せる。
抜刀宣言のようなその行為は、杏寿郎の無言の圧だ。
じわりと、悪鬼の青黒い肌に汗が滲んだ。
(くそ、どいつもこいつも…!)
蛍にも同じことを言われた。
鬼の足に追い付く人間など知らなかったように、鬼狩りに加担する鬼の存在も知らなかった。
己の知らない世界を、この鬼狩りとあの鬼は見てきたというのか。
しかし体は既に再生しつつある。
足首の痛みが治まり、とんと足踏みすれば既に血に染まったそこは元の通り腱を繋げていた。
蛍の影に抉られた腹部の傷口も、既に臓器を繋げて塞がっている。