第31章 煉獄とゐふ者
「ハッ…じゃあなんだ。テメェはそのただ足が速いだけの俺に勝てるって言うのかよ?」
蛍が影を操る血鬼術を使うことはわかった。
しかし種明かしされればそれまでだ。
影にさえ気を付けて戦えばどうということはない。
まだ右目と左足は負傷している。
それらが完治する前に叩けばいい。
「そんな珍妙な術だけでなァ!」
再び迫りくる悪鬼に、蛍は微動だにしなかった。
足元の影は未だざわついている。
そこから奇襲をかけられても対応できるように、視界の中に入れたまま悪鬼は鋭い爪を振るった。
「術だけじゃない」
──ちり、
「炎の刃がある」
感じたのは、静電気のような些細な感覚だった。
肌の上をちりりと焼くような微かな気配。
胸騒ぎにも似たもの。
それがなんなのか悟る前に、悪鬼の視界の端が明るく光った。
(朝日か…!?)
もう朝日が昇ったのか。
びくりと体を硬直させ凝視した線路の先。
其処には巨大な炎の渦があった。
「ッ!?」
ゴウッ!と火を噴き巻き上がる。
突っ込んでくる炎の渦を間一髪で避けた悪鬼が、鉄道ホームへと駆け上がる。
「ぐ…!」
右足首が鋭く痛んだ。
見れば腱を深く斬り裂かれている。
忽ちに炎の渦が治まると、蛍とふくの前に一人の人物が立ち下りた。
「二人共、大事はないか?」
燃えるような焔色の髪に、灯火のような双眸を持つ男。
整備工場に置いてきたはずの鬼狩り、煉獄杏寿郎だ。
「ぁ…あなたは…」
「君は無事のようだな」
唖然と蛍の腕の中で呟くふくには、優しい笑みを向けて。
顔や体に血をこびり付かせた蛍には、太い眉を寄せ眉間に皺を刻んだ。
「やられたのか」
「大丈夫、もう完治する。それよりあの鬼を」
端的に告げた蛍の目が再び鉄道ホームへと向いた時、其処にいたはずの悪鬼の姿が消えていた。
「逃げたか」
「っおばあちゃん…!」
「案ずるな、俺が守ってみせる。蛍はその子を頼んだ!」
「御意」
ふくの叫びに即座に行動を起こす。
点々と続く血痕の跡を追うように、杏寿郎は駅内へと駆け込んだ。