第31章 煉獄とゐふ者
(こいつ、怪我の治りが左右で違う…?)
よくよく見れば、瞼を閉じた右目にはまだ切り捨てられた生々しい跡が残っている。
膝を付いている左足首もそうだ。
両手と右足は完治しているが、左足だけ体を支えられていない。
「そうか…お前、怪我の治りを意図的に変えてやがるな…?」
右目の視力は捨てて、左目を治すことを優先させた。
だから体の治りがばらばらなのだ。
理由は一つ。最短で一矢報いる為に。
(だとしてもやろうと思ってできる芸当じゃねぇ。こいつ、ただの小鬼だと思っていたが鬼狩りと行動しているだけある)
治す部位を意図的に変えるなど、悪鬼にはできないことだった。
しかし相手は未だ手負い。
尚且つ標的の少女は腰を抜かして動けないときている。
「ハッ! だからなんだってんだ。その小娘を守りながら戦えるのか? お前に!!」
折れた腕を振るえば、ごきんと関節が収まるようにして骨が繋がった。
再生速度はこちらが速い。
多少器用なことができても、やはり相手は大したことのない小鬼だ。
自ら取っていた距離を再度縮める。
速度を上げて踏み込み、再び蛍の顔面目掛けて爪を振るった。
「二度は喰わない」
爪が頸を裂く間近。頭から真後ろに倒れるようにして蛍の体が、かくんと落ちる。
鋭い爪を寸で避け、しかし受け身も取らずに落ちる背中を影が支えた。
ぐにょりと柔軟に曲がるそれがバネのように、完治している右足を反動で跳ね上げる。
悪鬼の急なブレーキに体が反り返った時と道理は同じ。
しかし今度は成人である筋肉の付いた足で、蛍は悪鬼の腹部を蹴り上げた。
ドゴッ!と鈍器で強打したような重い衝撃が入り、堪らず悪鬼の体がよろめく。
「ぉえ…ッ」
「それに戦うなんて言ってない」
「きゃ…っ!?」
悪鬼が怯んだ隙を逃さず、蛍は反転すると尻餅を着いたままのふくを攫うように抱き上げた。
「今のはさっき傷付けた少年の分」
「テ、メェ…!」
冷たく吐き捨て、ふくを抱いたまま駅の外へと駆ける。
拳を床に叩き付けると、悪鬼もまたその後を追った。