第31章 煉獄とゐふ者
「──よし!」
弁当を並べ、張り紙をして、接客用の羽織に袖を通す。
準備を終えていつでも売り出せる売店を前に、ふくは達成感を覚えて頷いた。
後はトミが在庫分の弁当を持ってくるのを待つだけだ。
朝は近付いてきているが、まだ薄らと空は仄暗い。
電灯の付いている売店付近は明るいが、先の廊下は客も列車もまだの為に暗いままだ。
ひたりと、そこから静かな足音が届いた。
「ん?」
廊下の先の暗闇で、何かが動いた気がした。
怪訝な顔で振り返ったふくは、それが見慣れた祖母の影ではないとすぐに気付いた。
「駅員さん…?」
となれば残るは駅員だけだろうか。
しかし駅員は己の職務の為に売店へと下りては来ない。
基本は二階の部屋にいるはずだ。
「臭う…臭うぜ…お前だな」
ひたりと、更に足音が近付いた。
「くせぇ弁当の臭いが染み付いていやがる…!」
暗闇の中からぬっと姿を現したのは、凡そ人とは思えない風貌の男だった。
全身青黒い肌に、奇妙な入れ墨のような縞模様が刻まれている。
黒い眼球に濁った金の角膜、縦に割れた瞳孔。
鋭い牙は口からはみ出す程で、何より男から漏れてくる強い殺気はふくの肌を粟立たせた。
「お前に恨みはねぇが、あの鬼狩りが全部悪いのさ…!」
あれは一体何者なのか。噂の立っていた切り裂き魔か。そもそも人間であるかさえもわからない。
震える足で後退るふくに、ばきりと指を鳴らして悪鬼は鋭い爪を構えた。
その爪は何かを傷付けたのか、真っ赤に染まっている。
「大人しくしていれば楽に逝かせてやる」
「ぃ…ぃゃ…」
「ああ、だが抵抗するのもいいなァ。その方がいたぶり甲斐があるってもんだッ!」
「いやぁ!!」
どうにか震える足腰に鞭を打ち、反対方向へ体を捻り逃げ出す。
ふくのそれより早く、悪鬼の爪は柔い肌へと迫っていた。
トッと軽い衝撃が、悪鬼の手首を跳ね上げる。
擦れ擦れでふくの皮膚を傷付け損なった腕は、急な下からの衝撃で跳ね上がった。
それと同時に腕の間接に今度は真上から衝撃が叩き込まれる。
上下からの異なる部位への力に、重い関節への衝撃でボキン!と骨が叩き折られるような鈍い音が響いた。
「うがぁァ!?」