第31章 煉獄とゐふ者
仄かに浅暗い夜空の下。かたかたと台車に乗った弁当が小気味よくリズムに揺れる。
台車の前の取っ手を握り押し進んでいたトミは、やれやれと肩を落として溜息をついた。
「全く、ふくは…聞かん子だねぇ」
一人でも多くの客を取る為に、駅員しかいない明朝。ひいては夜中から売店の用意をする。
この日も陽が昇る前から、新しい弁当を大量に台車に乗せてトミは仕事場である駅へと向かっていた。
「手伝うったら手伝うのっ」
後ろから台車を押す少女、ふくが張り合うように声を上げる。
何をどう言おうとも聞かない孫の姿に、諦めたようにトミはまた一つ溜息をついた。
(まぁでも、嫌な気配は不思議としないからねぇ…)
昨夜は帰り道に背筋が凍るような嫌な気配がしていた。
しかし今はそうでもない。
不思議と視界が開けて、いつもより空も広く見えた。
「おばあちゃん。なんだかこの道、いつもより広くない?」
「おや。ふくもそう感じるかい? なんだか昨日まであった息苦しさがなくなった感じがするねぇ」
もっとこう、前まで夜空を木々が生い茂るように隠していたような。
しかし改めて思い返せば、町中で沢山の枝や葉を見ることこそが不可思議な光景だ。
長年この町で弁当売りを生業としていたトミだからこそ、今目の前に広がっている光景こそが見慣れた町並みだと安堵できた。
「今日はお客様も沢山来てくれそうな予感がするよ。ふく、頑張らないとね」
「うんっ」
「やぁ、今日も早いねぇ」
「おはようございます!」
前向きに笑いかけるトミに、ふくの顔にも笑顔が宿る。
迎え入れた駅員に頭を下げると、元気な声で挨拶を交わした。
さぁ、今日も仕事だ。