第31章 煉獄とゐふ者
「助けたいなら俺より速く駅まで来ることだ!」
緊迫した空気の中。少年の頸を締めるように片腕で持ち上げ、胸に深々と突き刺した爪に力を込める。
「その前にコイツは殺しておくとする!」
一気に真下に引き裂こうと、悪鬼があざけ笑った瞬間。
──ザンッ!
片足を軸に強く踏み込んだ杏寿郎が、瞬く間に距離を詰めた。
悪鬼の手が少年の体を引き裂く前に、振り払った赤い刃がその青黒い腕を両断する。
両腕を失った悪鬼から解放された少年が力無く倒れる。
地へと伏せ落ちる前に、杏寿郎がその腕で抱き止めた。
迸る血が宙を舞う。
地に落ち血痕と成り代わる前に、顔を歪めた悪鬼は青い光の残像を残したままその場から逃げ去った。
距離を取り、工場の出入口で一瞬足を止める。
目線の先には裂き殺すはずだった少年を抱きかかえる杏寿郎の背中。
苛立たしげに舌を打ち、更に先へと進み込んだ。
整備工場を出て、続く線路の上で振り返る。
めきりと切断された両腕から忽ちに青黒い手は生え揃い、ひらりと見えない杏寿郎に向けて手を振った。
「お先に♪」
憎たらしい鬼狩りの目の前で少年を殺すことはできなかったが、駄目なら次だ。
過敏に鬼狩りが反応していた弁当売りという餌がまだ残っている。
ドンッ!と風圧を轟かせて悪鬼は線路の上を駆け抜けた。
「ヒャッハ…ァ!?」
しかし夜空に高笑いが響く前に、ぐんと体に重みがかかる。
己の自慢は足の速さだけではない。
体全体が身軽でありながら再生能力も速く、且つ丈夫さも兼ね備えている。
その体が急に重くなったのだ。
(なんだ…!?)
周りの景色が一瞬で光の残像のように変わる中。
重みのかかる体を見下ろして、濁った金目が剥いた。
「お前…!」
「ッにがさない!」
悪鬼の腹部にしがみ付くようにして食らい付いていたのは蛍だった。
幼い体では悪鬼に追い付けない。
しかし悪鬼の目は敵と見做した杏寿郎しか見ていなかった。
小さな体で気配を消して、悪鬼が線路の上を駆け抜ける瞬間に飛び付いたのだ。
「ハッ! お前みたいなガキに何ができる…!」