第31章 煉獄とゐふ者
一歩先を走る悪鬼が刃を裂けて、距離を取り地に着地する。
「悪ィな。このガキを抱えてたら斬り難いよなァ。ひと思いにやっちまった方がいいか?」
「た、助けて…」
少年が震える手を伸ばす。
胸から伝う出血は腕、手首、指先まで流れており、ぽたりと地面に赤い血痕を残していく。
傷付けられた怪我は数ヶ所。
どれも小さいものだが、このまま血を流し続ければいずれ失血死してしまうだろう。
蒼褪めた顔が血の気を退き、より青白く変わっていく。
「心配するな。君は必ず俺が助ける」
その少年の様や不安を吹き飛ばすように、杏寿郎は明るく声をかけた。
口元は柔く弧を描き、心配など何もないというように笑う。
「できっこねぇよ」
それを一蹴するように悪鬼は吐き捨てた。
「昨日だって別の女を飽きるまで切り刻んでやったぜ」
それこそ蛍が最初に見つけ出したあの被害者女性だ。
愉快で堪らないというように嘲る悪鬼に、ふと蛍は疑問を抱いた。
(この鬼…今まで散々尻尾を掴ませなかったのに、なんで急に出てきたの?)
女性を痛めつけるだけ痛めつけて、尻尾を掴ませずに逃げ去った。
その悪鬼が今目の前にいるのだ。
こんなに大勢の人間がいる場所で姿を現すなど。
逃げることをやめたのだろうか。
「成程、お前の速さはわかった。しかし過信しないことだ。昨夜は俺達が来た為に逃げたのかと思ったが、どうやらお前は感知することもできていなかった様子」
「え…」
杏寿郎の指摘に思わず声を漏らしたのは悪鬼ではない。
蛍だった。
「逃げ足だけは、確かに速いようだな!」
「っ…なにィ…」
煽るような杏寿郎の呼びかけに、ひくりと悪鬼の口角が歪む。
「じゃあ…きゅうけつきのひがいがでたから、こっちににげてきたわけじゃ…」
「ではないだろう。お前は吸血木のことものびあがりのことも知らない。ただ餌となる人気が少なくなった為に、町を離れて彷徨っていたのだろう?」
「ッなにを…知ったような口を…!」
歪んだ口が吼える。
それこそが杏寿郎の指摘を肯定しているようなものだった。