第31章 煉獄とゐふ者
「だから皆こうやって夜遅くまで仕事に励んでんだよ」
「…成程な」
運行再開の情報はなかった。
またこの鉄の塊が走り出すとあれば、消息不明の人間が再び出てくる可能性がある。
その時こそ鬼が姿を見せる時だ。
杏寿郎の足影から周りを伺っていた蛍だったが、その目はやがて再び無限列車へと向いていた。
はっきりとした感覚ではないが、妙な気配はやはり黒々とした巨大な無限列車から伝わってくる。
男達が弁当に夢中になっている間、また杏寿郎が親方と言葉を交わしている間。蛍は小さな素足を、そっと無限列車の影へと踏み込ませていた。
(…何も感じない)
音も姿もなく、静かに這うように。己の影を伝わせて無限列車に探りを入れてみる。
冷たい線路や動輪、先台車などの形や温度は伝わってくるが生物の気配はない。
(外観だけじゃわからないのかな…内部に入ってみればわかるのかも…)
幼い姿をしている為、近くで見れば尚の事列車は巨大な山のように見えた。
大きく頸を曲げて真っ黒な壁を見上げながら、恐る恐る蛍は手を伸ばした。
「こらッ! 勝手に触るんじゃない!」
「っ!?」
しかしその手が無限列車に触れる前に、小さな体は軽々と浮いていた。
抱き上げていたのは見知らぬ男だ。
整備士の一人なのか、煤汚れた顔を顰めて蛍を見ている。
「なんだってこんな所にガキがいるんだッ危ねぇぞ!」
「っ蛍!」
「ご、ごめんなさ…」
「すまない、その子は俺の連れだ! 離してやってくれないかっ」
荒々しい言葉遣いに蛍が委縮すれば、即座に杏寿郎が駆け付ける。
杏寿郎が蛍を抱いていたのは親方も知るところ。
「離してやれ。その子は確かにこの人の連れだ。なんだって子供と一緒に来たのかは知らねぇがな」
「のっぴきならない理由があるんだ」
「だからあんな妙な恰好してるのか?」
整備士の逞しい腕に担ぎ上げられて、ぶらりと下がる蛍の四肢。
隠し切れない腿や足に、親方は怪訝な顔をした。