第31章 煉獄とゐふ者
「やあ! 俺は鉄道管理局から依頼されて、弁当を差し入れに来た者だ!」
笑顔を絶やさず言い切る杏寿郎に、その腕に抱かれていた蛍は改めてまじまじと傍にある見慣れた顔を見つめた。
見慣れてはいるが、聞き慣れない肩書きを口にする。
頭の回転が速いことは十分に知っているが、よくこうもすらすらと秒も置かずにその場に適応した言葉が出てくるものだ。
(杏寿郎が本気で嘘つきだったら私見破れないかも…)
先程の警備員に告げた弁当売りという立場も然り。
身形はとてもそんな風貌ではないというのに、周りの人々が信じてしまうのは杏寿郎の潔さとその場の行為に適したものだからだろう。
「へぇ~…おーい! 弁当だってよォ!」
それはこの整備士の男も例に洩れず。
後方へと声を上げれば、わらわらと仕事をしていた男達が姿を現した。
「弁当!?」
「そりゃ助かる!」
「丁度腹が減ってたんだよなァ」
「そんな気の利いたことしてたか? 鉄道管理局サマはよ」
多少不安な反応も貰いつつ、概ね皆は突然現れた大量の弁当に大層喜んだ。
「沢山あるぞ! 好きなだけ食べてくれ!!」
近くの机に杏寿郎が弁当を並べていけば、腹を空かせた男達が我先にと手を伸ばしていく。
邪魔にならないようにと腕から下りた蛍は、杏寿郎の傍を離れないようにして周りの様子を伺った。
「おい。詰所で休んでるタツ坊に一個持ってってやんな」
「はいっ親方」
最初に姿を見せた男は、どうやらその風格に見合う立場でいたようだ。
弁当を差し出しては、食べ損ねる者がいないように辺りに気を配っている。
「無限列車は何故此処へ移されたんだ?」
「へっ。車体に原因があるわけねぇのに、巷では人喰い列車だなんだと噂されてなァ。それがオレ達は悔しいんだ。だから運行再開が決まった今、精一杯の整備をして送り出してやろうと思ってな」
「運行再開?」
「ああ。明日の夜だ」
倉庫の明かりに照らされる重厚感溢れる先頭車。
それを見上げる親方の横顔はどこか誇らしげに見えた。
煤汚れなど気にしない、己の使命を全うせんと闘志に燃える目をしている。
しかし杏寿郎が引っ掛かったのはその先の言葉だ。