第31章 煉獄とゐふ者
「今朝方、設備の整った整備工場に運ばれていったんだ。何度も問題が起きている列車だから、念入りな調整でもするんじゃないかな」
「成程」
「あの、そのせいびこうじょうってどこにあるんですか?」
「ん? ああ、そんなに遠くはないよ。ほら、見てごらん。あそこに大きな明かりが見えるだろう?」
「はい」
「あそこが整備工場だ」
警備員が指差す先は、工場地帯の一角だった。
そこで一際大きな明かりを灯している工場が見える。
其処にこそ目指す無限列車があるのだろうか。
「情報感謝する! 折角だからこの子にも見せてあげたい。寄ってみようと思う」
「もう夜更けだ、あんまり小さい子を連れ回すんじゃないぞ」
「そうだな。以後気を付ける!」
「ありがとうございました」
杏寿郎には忠告を、頭を下げる蛍には笑顔を向けて。去り際にふと警備員は思い返すように目を止めた。
「そういやその子、妙な形(なり)をしているが。何かあったのか?」
「え…あ、いえ…これは」
「なに。この子は寒がりでな」
「わ…っ」
手持ち行灯を蛍へと向けて、訝しげな顔をする。
その警備員の視線から逃れるように、杏寿郎は口籠る蛍を片手で抱き上げた。
素足を隠すようにして、羽織に包まれた小さな体を抱く。
「こうして俺の羽織を重ねて巻いてあげているだけだ。なのに靴は履きたがらないというわんぱく振りで偶に困る」
「ははっ男の子だなぁ。でも裸足で歩かせたら危ないぞ。気を付けな」
「うむ! 数々の心遣い感謝する!」
杏寿郎の言い分に納得した警備員が、今度こそ笑顔で去る。
その背中を見送りながら、蛍は杏寿郎の胸に片手を添えたままぽつりと一言。
「…とんだわんぱくぼうずになってしまった…」
不審な目を逸らさせる為に必要な嘘と言えば嘘だ。
不満はないが、不可抗力な素足をぷらりと揺らしてしまう。
蛍の背に空いた手を添えて、杏寿郎は太い眉尻を下げて「すまない」と笑った。
「素足の君も、俺には素のままの愛らしさに見えるがな」