第31章 煉獄とゐふ者
「ここがきかん…こ?」
「ふむ。誰もいないな!」
「うん」
鬼太郎達と別れて十数分。
暗い夜道だった為に距離は計り兼ねたが、歩けば予想以上に早く目的地に着くことができた。
しかし近付けば近付く程わかったのは、人気の無さ。
明かりはついているが、夜間警備の為のものか、ぽつんぽつんと申し訳ない程度に間隔を置いて倉庫の周りを照らしているだけだ。
しっかりと戸締りをされた機関庫の中は確認することができない。
「あそこにまどがある。わたしみてくるよ」
「大丈夫か? 血鬼術を使うのはまだ…」
「だいじょうぶ、これくらいのたかさなら。さく、」
ぽわんと蛍の影から現れた朔ノ夜は、小型犬程の大きさをしていた。
それでも幼い蛍なら乗せても動じない力があり、背に乗せるとふわふわと浮いていく。
「む…大丈夫か…」
しかしいつもの優雅さよりも、どことなく覚束ない泳ぎをしているように見えるのは気の所為か。
特にこれといった外傷はなかったが、一度吸血木に丸ごと飲まれたのだ。
巽は意気消沈したように疲れを見せていた。蛍は鬼故に人間より体力はあるが、同じく疲労している可能性もある。
何かしら後遺症を引き摺ってはいないかと、はらはらと杏寿郎は下から見上げた。
思わず握っていた弁当の包みを置いて、両手を差し出してしまう。
そんな杏寿郎の心配を他所に、倉庫の屋根近くまで辿り着いた蛍は、小さな換気用の小窓に噛り付いた。
曇った硝子の向こうに目を凝らせど、暗い機関庫の中はよく見えない。
「んん…」
「何か見えたか?」
「なにも…」
「無限列車は?」
「ん、と…っ」
ごしごしと曇り硝子を腕で拭いては再度目を凝らす。
じぃっと穴が空く程に中を覗く蛍の瞳が、より鮮やかな緋色を浮かべた。
鬼の眼は夜の闇をも見通す。
その視界に入ったものは。
「なにも…ない…?」
がらんどうの機関庫だった。