第31章 煉獄とゐふ者
「それなら仕方ないばってん…」
「だけど何があるかわかりません。手は出しませんが、僕たちも様子は見させてもらいます」
「そもそも吸血木が皆人間に戻るところを見届けてから、儂らは去ろうと思っておったからのう」
「ああ。それは構わない!」
「…きたろうくん」
さくさくと進む話に、不意に紛れ込む小さな声。
視線を落とした鬼太郎は、すぐ傍に立つ蛍に目を止めた。
そしてその手を握り続けている自分の手に。
「っごめん」
「ううん」
ぱっと手を離す鬼太郎の顔は大半が前髪で隠れているが、髪の隙間からちまりと覗く耳の先はほんのりと赤い。
小さな両手と頸を振りながら、蛍もまた頭を下げた。
「わたしからも、ありがとう。きたろうくんたちがいなかったら、まちのみんなもすくえなかっただろうし」
「それは儂らの台詞じゃよ、蛍ちゃん。救われたのはこちらだからのう」
「だから何かあったら、今度は僕たちにお手伝いさせてください」
「うん」
「それは心強いな」
見た目は奇妙な姿をしていても、彼らの実力は先程目の前で見てきた。
これ程頼りになるものはないと、蛍と杏寿郎の顔も綻ぶ。
蛍の足元の影から、杏寿郎の食事となるはずだった大量の弁当が沼から浮くように現れる。
包まれた風呂敷の結び目を両手にそれぞれ握ると、杏寿郎は涼しい顔と軽い足取りで歩き出した。
「では!」
「またね、」
巽や鼠男達、待機組のこともある。
別れとなる訳ではないと、ひらりと片手を振り杏寿郎の後を小走りに追う蛍。
大きな凹凸のある二人組の背中を見送りながら、鬼太郎は自然と己の掌に視線を落としていた。
彼らが悪鬼と呼ぶものがなんなのか知らない。
ただこの手の中に今だ残る温もりの主が、同じ鬼と名の付くその悪に染まらぬよう。
「何もなければ、いいですが」
「そうじゃのう…」
気付けば祈るように呟いていた。
機関庫の明かりに吸い寄せられるように消えるその背を、目で追って。