第31章 煉獄とゐふ者
「俺は落ち着いている。下りるぞ蛍」
「え。ち、ちょっとまっ」
「ちょぉーっと待ったァア!! 走る妖怪は急には止まれんとよ!! 怪我するけん掴まっときんしゃい!!」
「いいや下りる! だから蛍の跨いでいる背中だけ妙にぐねぐね揺らすのは止めてもらいたい!!」
「ぐ、ぐねぐね…っ?」
「なんば言うとね! 蛍ちゃんが落ちんように高さと塩梅を調整しよるんやけん!!」
「あん、ばい」
「それならば俺が支えているから問題ない! 君のそれは腰の振りのようで見ていて不快だ! 即止めてくれ!!」
「ひわ…っ」
「煉獄さんこそ卑猥やなかと!? そげな目でおいどんと蛍ちゃんを見とるなんて…ッあーやらしいやらしい!!」
「な…っ当然だろう! 蛍は俺の伴侶だ!」
「きっきょうじゅろう…!? なっなななにいって…!」
人気のない線路道に響く人間と妖怪の言い合い。
渦中にいる蛍は溜ったものじゃないと、顔を赤くさせてあたふたと狼狽えた。
伴侶という言葉は嬉しいが、今この流れで頂くのは正直嬉しくはない。
止めようと声を上げるも言い合う二人の勢いに吞まれてしまう。
「はぁ…」
そんな空気に終止符を打ったのは、素っ気なく溜息をついた鬼太郎だった。
不意に蛍の腕を掴んで、そのままするりと一反木綿の背から滑り落ちる。
言い合いにより一反木綿も速度を緩めていた為に、特に抵抗もなく落下した。
「わあ…ッ!?」
「!? 蛍ッ!」
「鬼太郎さん!?」
争っていた杏寿郎と一反木綿の制止は一歩遅れ、その間に赤い鼻緒の下駄はなんなく地面に着地していた。
ぽすんっと両腕で抱き止めた蛍の体を、ゆっくりとその場に下ろす。
「驚かせてごめん。大丈夫ですか」
「わ…う、うん」
「じゃあ僕たちは行くので、好きなだけ二人でどうぞ」
「ぁ…きたろうくん…っ?」
「行こう。早くしないと夜が明ける」
小さな手を握り、からりころりと下駄を鳴らす。
線路の上を歩き始めた鬼太郎に、慌てたのは杏寿郎と一反木綿だ。