第31章 煉獄とゐふ者
「この羽織の色は、俺が小さい頃よく着せて貰った着物と同じ色をしてるんだ。これならいつでも見つけられるって」
鮮やかな薄藍色は、痛い主張はなくとも目を惹く色だ。
優しく見つめる巽の表情に、蛍の視線も自然と下がる。
「たいせつなはおりだったんですね…」
自分にも大切にしている衣服や髪飾りがある。
偶々男性に扮していた為にどれも身に付けていなかったが、いつもの姿で吸血木に飲まれていたら巽と同じ道を辿っていたかもしれない。
大切な人の思いがこもった代物だ。
それを跡形もなく無くすなど、安易な気遣いの言葉で片付けられない大きなことだろう。
上手い返しが見つからず口籠る。
そんな幼い少年の落ち込むような姿に、顔を上げた巽はぶふりと吹き出した。
「た、たつみさん?」
「そんな顔するなよ。別に俺の母さんは死んでもいねぇし」
「えっ」
「形見なんてもんじゃない。大事なもんには変わりなかったけどな」
「そう、なんだ…?」
「なんだ、本当に死んだとでも思ってたのかよ? 失礼な奴だな」
「そ、そんなことは…っ」
あたふたと言葉を濁す蛍にもう一度笑うと、すっきりした面持ちで巽はぎゅっと羽織の切れ端を握りしめた。
「ありがとな。吸血木に取り込まれようとしていた俺を、見捨てずにいてくれて」
「…え、と」
「あの時、本気で死を覚悟したんだ。でも最後まで見えていた彩千代の目は、一度も死を覚悟してなんかいなかった」
「……」
「何してんだって思ったよ。鬼殺隊である俺の方こそ、こんなことで諦めちゃいけなかったのに」
「そんな…たつみさんはあきらめていなかったです。だからわたしもそのてをはなさなかった」
人成らざる姿へと変貌しようとも、巽は懸命に己を主張し続けていた。
その鼓動を聴くことができたから、手を離さず共に飲まれる道を選んだのだ。
「よべば、ちゃんとこたえてくれました。たつみさんのこえがきこえたから、わたしもてをのばせた。…そのはおりは、たつみさんじしんがまもりぬいたものです」
見つけ出せたのは巽の声を辿った結果だ。
だから、と握る拳に小さな指先で触れて。
蛍はそれが確固たる事実であると笑った。
「きゅうけつきになっても、いっしょにたたかってくれたから」