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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第31章 煉獄とゐふ者



「たつみさん」

「ん? ああ…なんだ」

「これ」


 見慣れない蛍の姿に一瞬口を噤むものの、ゆっくりと反応を示す。
 そんな覇気の見受けられない巽に、蛍は小さな己の拳を差し出した。
 紅葉のような小さな掌。開いたそこにあったものに、巽の顔色が変わる。


「それは…っ」

「あ。やっぱりたつみさんのはおり、ですよね?」


 吸血木に飲まれた後、淡い光を辿るように抱きしめていた。
 その中で蛍が見つけたのが、この小さな羽織の切れ端だったのだ。


(巽さんを見つけたものだと思っていたんだけど)


 暗い闇の中で聞いた、知っているようで知らない声。
 あれはきっと共に飲まれていた巽の声だったはずだ。
 だからこそその姿を捜して手を伸ばしたが、蛍が見つけ出したのは唯一残されていた小さな羽織の切れ端だった。


「はだかでいたってことは、きゅうけつきのなかでふくはとけてしまったんだとおもいます。…これはわたしがにぎりしめていたから、のこっていたもので」


 ただの布生地の切れ端でしかない。
 それでも両手を差し出す巽の掌に乗せれば、大切そうに握りしめられた。


(…やっぱり)


 確信はなかった。
 ただ吸血木の中で聞いた小さな声は、家族を思う声だった。
 その声を辿り見つけたものが羽織なら、そこに巽の思いが何かしらあったはずだ。


「これ…ずっと持っててくれたのか」

「むいしきにずっとにぎりしめていたみたいです。きづいたのはさっきで…」

「そっか…ありがとな」

「……たいせつなものですか?」


 余りに大切そうに両手で握りしめるものだから。
 気付けば問いかけていた。


「…母が縫ってくれたんだ」


 薄藍色の羽織の切れ端を見つめたまま、母と紡ぐ巽の声は柔らかい。





『かあさん』





 暗い闇の中で聞いた声は、確かに母の名を呼んでいた。
 それが巽にとって何者にも代えられない大切な者だったのだろう。


「おかあさん…」

「ああ。俺が鬼殺隊へ入隊する日にな。目印になるように」

「めじるし?」

「母は目が悪かったから」

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