第31章 煉獄とゐふ者
「そげん言うけど蛍ちゃんも濡れ鼠やし…そこまで急がないかんと?」
「ああ。ここまでのびあがりと吸血木の被害が広がっていたのなら、悪鬼にも伝わっている可能性は高い。最悪この町から出ていく可能性もある」
人間は悪鬼の餌である。それが無くなれば移住を決めても可笑しくはない。
頸を傾げて問いかける一反木綿の視界から蛍を隠すように前に立つと、またも杏寿郎はさらりと言い切った。
「故に今すぐ発つ。元は無限列車が置いてある機関庫に向かう予定だった。いいか、蛍」
「うん」
「では行こう」
帯刀した黒い隊服姿の男と、羽織を纏うだけの小さな少年。
そんな凸凹な二人が夜更けの町外れへと向かう。
「待ってくれ、煉獄君。蛍ちゃん」
それを目玉親父は見過ごさなかった。
「儂らの事情につき合ってくれたんじゃ。今度は儂らがお主らの事情につき合うこととしよう」
「む…いいのか? しかしまだ吸血木の問題は解決していないだろう」
「なに。後は吸血木が人間へと戻るのを見守るのみじゃ。その後人間達がどうするかは彼らに任せる。儂らもそこまで手取り足取り介入する気はないからのう」
「成程。それが人間と妖怪との距離感か」
「うむ!」
「オレは行かねーぞ。これ以上揉め事に巻き込まれんのはごめんだ」
「別にそれでいい。その代わり鼠男は僕達がいない間、全ての人間が吸血木化を解くまで見ていてくれ」
「はぁ? なんでそこまでオレ様が面倒見なきゃなんねーんだよ」
「おいしい話を追ってきたんだろう。ここで人間に借りを作るのはお前にとって悪い話か?」
「ぅぐ……言うな鬼太郎ちゃんよォ…」
淡々と告げる鬼太郎の意見は、決して無い話ではない。
そもそもこんなに労力を費やして、なんの得も無しに帰る方が鼠男にとっては納得のいかない話だ。
上手く乗せられたとわかっていても他に道はない。
渋々と口を閉じた鼠男とは、ここで一度別れることとなった。
(あ。そうだ)
ふとそこで思い出した蛍が、小走りで巽の下へと向かう。