第30章 石に花咲く鬼と鬼
重く地面に衝突する実とは反対に、とんと身軽に地に足を着ける杏寿郎。
咄嗟に一反木綿の上から実を退かそうと掴む手に力を込めて、同時に異変は起きた。
──ピシリ
丸々と太った実に亀裂が入る。
罅割れたような歪な跡ではなく、綺麗に縦に入っていく線に杏寿郎は目を剥いた。
「煉獄君! 無事かっ?」
「俺はなんともない。それより親父殿、これは…」
「な、なんだよこれァ…っオイ鬼太郎!」
「強い妖気は感じられない。害はないはずだ」
ぴしぴしと縦に割れていく巨大な実に、慌てて目玉親父と鬼太郎も後を追う。
何事かと騒ぐ鼠男に、冷静に鬼太郎は頸を横に振った。
妖気センサーである髪は逆立つことなく、その場の空気も均等を保っている。
害がある実ではないはずだ。
全員の視線が集中する中、一反木綿を下敷きにした尻まで縦線を入れた実はめりめりと左右にその身を引き裂いた。
むわりと立ち昇る白い煙のようなもの。
微かに甘い香りを放つそれは、花の匂いの名残りか。
目の前の白い煙を手でひゅおりと払い、凝視する杏寿郎の目に移し出されたもの。
それは。
「…蛍…?」
胎児のように背を丸めて座り込んでいる白い背中。
ぴくりと杏寿郎の呼びかけに反応を示すと、ゆっくりと身を捩り振り返った。
体は二つあった。
守るように覆い被さっていた体を退いて振り返ったのは、全身を木の蜜に濡らした蛍だった。
ぺたりと肌に張り付いた髪の隙間から見上げる緋色の瞳が、ぼんやりと杏寿郎を見上げる。
「…杏…寿、郎…?」
か細いが、きちんと名を発することができている。
その蛍が守るように被さっていたのが、もう一人の被害者である巽だった。
「よか──」
蛍と巽は生きていた。
その事実に、強張っていた杏寿郎の表情が糸が切れたように和らぐ。
がしかし。
次の瞬間、びしりと纏う空気は固まった。