第30章 石に花咲く鬼と鬼
「では何故それが蛍ちゃんだと?」
「…わかるんだ」
やや丸みを帯びた愛らしい花。
八重咲きのそれは、色こそ見たことはないものの杏寿郎もよく知る花の形をしていた。
何故なら、蛍を想い一心に選んだ花だからだ。
「俺が贈った花だから」
花一華。
またの名をアネモネというその花は、蛍の為だけに贈ったものだ。
慈しむように噛み締め告げる。
杏寿郎のその声に反応するように、花弁が一枚──はらりと落ちた。
「! 花が…」
「なんじゃっ?」
「これは…っ」
驚く杏寿郎達の前で、花がみるみる変貌を遂げていく。
本来ならばゆっくりと人の目では気付かない速度で成長していく植物。
その成長を早送りしているかのように、黒いアネモネは花弁を散らし、中心から小さな実を膨らませていった。
果実が実り、肥やしていくかのように。瞬く間に大きく膨らんでいく実は、はち切れんばかりに成長していく。
「いかん、このままでは枝が…!」
やがてそれは丸々と肥えた熊程の大きさまで膨らんだ。
重さに耐え切れずにぎしぎしと唸る枝に、杏寿郎の手が実を支えるように両腕で抱える。
それでも杏寿郎が立っているのもまた枝の上なのだ。
重く実っていく木の実と大の男一人の体重が合わされば、枝の限界もすぐにやってきた。
バキンッ
「ぬ…!」
「煉獄君っ!」
「一反木綿!」
「ほいさ!」
根本から枝が折れても、手を離さなかった杏寿郎の体が降下する。
同時に枝から離れた巨大な実も共に落下した。
しゅるりと空を舞う白い木綿の体。
素早く下に入り込んだ一反木綿が、仰向けに体を這って薄っぺらな両腕を広げた。
「おいどんが受け止めちゃるけん! 任せんしゃい"ッ!?!!」
「むぅ…ッすまん!!」
どしん!と地面に響く衝撃。
体を張って受け止めたものの、薄い木綿では実と杏寿郎の体重を抱え上げることはできなかった。
落下の勢いも加勢され、そのまま勢いに任せて地面に衝突したのだ。
大きな実の下敷きになった一反木綿の四角い頭が、へにょりと項垂れる。